「ダサい」池袋が、ここへきて「最先端の文化都市」に激変したワケ

「ダサい」池袋が、ここへきて「最先端の文化都市」に激変したワケ

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/11/22
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次々と生まれるエンタメスポット

近年、大きく変貌しつつある池袋。とくに東口の変わりようは目覚ましく、しばらく顔を見ないでいたら、いかにも当世風の大都市然とした様相に、すっかり面食らってしまった。ビックリガードの横、線路をまたぐ西武ホールディングスの新本社ビル、ダイヤゲート池袋(2019年3月竣工)も威容を誇る。

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南池袋公園

兆しは数年前からあった。そのひとつは、敗戦後の区画整理事業で1951年につくられた南池袋公園の再生(2016年4月)だろう。広々とした芝生広場や多目的広場、子どもが遊べるキッズテラス、桜の樹が植わったサクラテラス、カフェレストランがあり、イベントやワークショップも頻繁に開催。家族連れや大勢の人でにぎわう憩いの場として親しまれている。

ジュンク堂書店の裏手、シアターグリーン(1968年に池袋アートシアターとして仙行寺境内に開場。1971年に改称)などのある界隈は、繁華街が近く、風営施設も少なくない。寺院や墓地に囲まれていることもあってか、日中から仄暗い雰囲気で、若干怖いような印象だったが、公園の変化にともない、周辺も一気に明るい空間になった。

新たな商業施設も次々と生まれている。2014年9月に開業したWACCA池袋は、人と人とがつながる空間づくりをコンセプトに設計・運営されており、とくに〈食〉がテーマの店舗やイベントが目を惹く。

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グランドシネマサンシャイン

今年7月には、地元で長年愛されてきた映画館、シネマサンシャイン池袋が34年間の歴史に幕を下ろし、同月開業したキュープラザ池袋の4階から12階にグランドシネマサンシャインとして生まれ変わった。計12スクリーン、2443席を有する都内最大級のシネマコンプレックスは、若年層を中心に新たな映画ファンを池袋に呼び込む起爆剤になるだろう。

さらに今年、池袋の東西に新しい劇場が誕生した。東口の目玉が、旧豊島区役所、豊島公会堂跡地に誕生するHareza(ハレザ)池袋だ。2020年7月のグランドオープンに先駆け、東京建物Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)を筆頭に八つの多彩な劇場を有する〈シアターコンプレックス〉ともいうべき新施設の一部や、中池袋公園と一体となるパークプラザなどが11月1日にお目見えした。

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ハレザ池袋のイメージ図

西口に目を転ずれば、池袋西口公園が野外劇場と多目的広場を兼備した新空間として11月16日にリニューアルオープンしたばかりだ。

いずれも豊島区が推進する「国際アート・カルチャー都市」の実現、さらに劇場都市を標榜して副都心文化圏の核を担う池袋の新たなランドマークとして期待が集まる。その意味で2019年という時間は、池袋の未来を想像/創造する際の里程標と位置づけられるにちがいない。

かつては「芸術家の街」だった

明るくにぎわう文化都市として、昨今話題を集めている池袋だが、少し前までは(もしかしたら今でも)コワい、治安が悪い、危ない……といった負のイメージが先行していたように思う。この街は、どのような歴史をたどり、現在の姿に至ったのだろうか。

池袋の近代化は、池袋駅が開業した1903(明治36)年に端を発する。駅の誕生や鉄道の敷設によって周辺も発展し、駅を挟んだ東西で異なる相貌の街になっていった。都市としての歴史は浅く、新宿や渋谷のような近世以来の宿場町を前身とする地域に比べれば若輩の新参者である。

民俗学者の柳田國男は、大正初期の池袋について「市外山手電車線の分岐点池袋の駅から、西北に当って大きな森が池袋村」(川村杳樹「池袋の石打と飛騨の牛蒡種」『郷土研究』1913年8月)と記している。昔時の池袋は、森や川、池、麦畑がひろがる郊外の風景を前提に考えるべきだろう。

新興地域だった池袋に人が集まりはじめたひとつのきっかけは、西口に到来した大正自由教育の動きではなかったか。明治末期から大正前期にかけて、駅前には豊島師範学校(1909年)、成蹊実務学校(1912年)、立教大学(1918年)、城西実務学校(1918年)、自由学園(1921年)などが集まってきた。

時を同じくして、作家の鈴木三重吉が目白の自宅で児童文芸誌『赤い鳥』(1918~36年)を創刊。北原白秋、芥川龍之介、菊池寛らが関わり、新美南吉、坪田譲治などを輩出したことでも知られる。

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立教大学/Photo by iStock

こうした大正期の文化的動向を経て、1923(大正14)年に発生した関東大震災後の都市復興のなかで、池袋も市街地化が進行していく。1930年代には、要町・長崎・千早界隈を中心に、若い芸術家や東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部)の学生向けのアトリエ付貸家群が生まれ、アトリエ村と呼ばれる空間を形成。フランスのモンパルナスを想起させるところから、詩人で画家の小熊秀雄が〈池袋モンパルナス〉と名づけた。

「池袋モンパルナスに夜が来た/学生、無頼漢、芸術家が街に/出る/彼女のために、神経をつかへ/あまり太くもなく、細くもない/ありあはせの神経を――」(「池袋モンパルナス」『サンデー毎日』1938年7月)

西口のアングラ感を生んだ〈ヤミ市〉

1934(昭和9)年には、江戸川乱歩が立教大学の裏手に転居し、1965(昭和40)年まで終の棲家とした(今は立教大学が建物と敷地、資料を管理・公開)。同じ頃、東口には大下宇陀児が居を構えており、探偵小説界の二大巨頭が住まう戦前の池袋は、若い作家たちのあいだで「池袋詣」という流行語がうまれたほどの聖地であった(角田喜久雄「池袋詣」『いけぶくろ』1967年4月)。

池袋モンパルナスを闊歩した芸術家、探偵小説作家、後年には手塚治虫を慕ってトキワ荘に参集したマンガ家……。まだ何者でもない、何者かになろうとしている、可能性の萌芽を秘めた人たちを懐に抱くやさしさを、池袋という土地はもっていたのかもしれない。

アジア太平洋戦争の暗雲は池袋の上にも立ち込めた。1945年4月13日の城北大空襲で池袋駅を中心とする一帯は焦土と化す。西口で焼け残ったのは立教大学の一部と江戸川乱歩の家などわずかだったという。

敗戦後、後背地である肥沃な農村部(埼玉県等)からの鉄道を利用した物資運搬によって、駅の東西に複数のマーケットが乱立する〈ヤミ市〉が出現。最も大規模なヤミ市が発生したのは豊島師範学校の焼け跡で、元都議会議員などが使用許可を願い出たことをきっかけにマーケットの建設が進んだ。

豊島師範学校の土地は1948年3月末までという期限付きで借地されたが、期限が来ても立ち退くことはなく、マーケットは人びとの生活を支えていた。

戦後復興と再開発にともない、東口のヤミ市は1950年代初頭に撤去されたが、西口は1962年末頃まで細々と残りつづけた。それは、数十年後に、石田衣良が小説『池袋ウエストゲートパーク』(1998年~現在)に描き、宮藤官九郎の脚本でドラマ化(2000年)されたような、西口の猥雑さや怖さを孕むイメージが醸成される一因になったともいえよう。

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池袋駅西口の繁華街/Photo by iStock

「ダサい」イメージを打破する動き

いくつかの文献を繙くと、敗戦後の池袋については「ダサい」「文化不毛の地」といった形容が頻繁に用いられていたことがわかる。そんな世評を打開しようという動きが、わけても1970~80年代に散見する。

東口では1978(昭和53)年11月、東京拘置所(巣鴨プリズン)跡地にサンシャインシティが建てられ、そのなかにサンシャイン劇場が開場した。松竹が制作する池袋初の大型劇場では歌舞伎、新劇、翻訳劇、児童劇、ミュージカルなどバラエティに富んだ若者向けの舞台を量産したが、興行不振に見舞われ、1985(昭和60)年、西武流通グループが資本参加した株式会社サンシャイン劇場の運営で新たな道を模索しはじめる。

1979(昭和54)年には、前衛的な小劇場として人気を集めていた渋谷ジァン・ジァンに対抗して劇団青芸がパモス青芸館を開場。これを機に池袋では小劇場運動が盛んになっていった。それは、1981(昭和56)年、当時池袋にあった10以上の小劇場による池袋文化懇話会の結成につながる。

1984(昭和59)年には演劇による地域振興をめざして国際演劇祭の計画が起こり、各劇場、豊島区、西武百貨店や東武百貨店、サンシャインシティ他の企業、地元商店街などが協働して、1988(昭和63)年に地元発信の「東京国際演劇祭’88池袋」が開催された(現在のフェスティバル/トーキョーになる)。

そして1990(平成2)年、池袋西口公園内に東京芸術劇場が、2007(平成19)年には東池袋にあうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)が開場し、駅の東西にそれぞれ公共劇場が存在するという稀有な地域として、現在に続く劇場都市の基盤が徐々に形成されていった。

新宿・渋谷との「決定的な差」

いわゆる「副都心」として新宿、渋谷と比較されることの多い池袋だが、新宿や渋谷との決定的な違いは、新宿が新宿区、渋谷が渋谷区にあるのに対し、池袋は豊島区にあるということ。くわえて、地域文化の担い手の問題が挙げられる。

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池袋駅東口/Photo by iStock

新宿は伊勢丹や髙島屋などの百貨店、中村屋や紀伊國屋書店といった老舗の民間企業によって支えられてきた。渋谷は東急の牙城である。池袋(豊島区)は……といえば、東武百貨店と西武百貨店、ルミネやパルコなどはあるものの、ほとんど駅のなかで完結可能な「えきぶくろ」といわれる空間で、地域文化を生成し、強力に牽引するようなディベロッパーはなかった。

新宿や渋谷と異なる、池袋ひいては豊島区の特長は何か。それは、文化を軸に据えた行政主導のまちづくりである。1999(平成11)年の初当選から現在6期目に入った高野之夫区長が提唱し、構築し続けてきた「文化創造都市」の土壌に蒔かれた種が、近年の多彩な変化として花開いたといって過言ではない。

昨今では、東口の乙女ロードやアニメイトなどを中心に、とくに女性ファンが集うサブカルチャーの聖地としても国内外の知名度が高い池袋。豊島区の文化行政の柱にマンガ・アニメが据えられ、トキワ荘の復元プロジェクトも進行中だ。

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池袋乙女ロード/Photo by iStock

例年ハロウィンのコスプレフェスティバルでは、高野区長自らが「サイボーグ009」の島村ジョー、「機動戦士ガンダム」のシャア・アズナブルなどに扮する姿がしばしばメディアで報じられる。そうした首長の向日性が周囲に及ぼす影響も少なくない。

ここで豊島区の文化行政についてふれる余裕はないため、仔細は溝口禎三氏の『文化によるまちづくりで財政赤字が消えた』をご一読願いたいが、約20年にわたって文化重視の施策を貫いてきた高野区政の意味は評価されるべきであろう。

また、2014年には、日本創成会議が発表した全国自治体の将来推計人口によって、豊島区は23区で唯一、2040年に20~39歳の若年女性が半減し、人口を維持することができない「消滅可能性都市」に指定された。すると、ただちに文化や福祉などの施策を充実させる方針をとり、数年で待機児童ゼロを実現するなど、高野区政のスピード感や実行性には瞠目させられる。

池袋はどこへ向かうのか

Hareza池袋や西口公園野外劇場のオープンに沸く最中、講談社が旧シネマサンシャイン池袋の跡地にライブエンタテインメントビルを開設し、2020年春をめどに本格的なライブ事業に参入することを発表した。池袋は今後ますます、明るくにぎわいに満ちた場所になっていくだろう。

再開発によって都市の表層は洗練されていく。しかし、その裏側や底に隠れた/埋もれた歴史や記憶の地層を、いかにとどめうるのだろうか。

たとえば、サンシャインシティは敗戦処理の一助を担った東京拘置所跡地であり、ある種の負の歴史を内包する空間が、文字どおりの「サンシャイン」(=日の光)によってその暗部をかき消されてしまったように思われる。巨大なビルは墓標にも譬えられよう。また南池袋公園には、城北大空襲で被災した夥しい数の犠牲者がトラックで運ばれ、仮埋葬されたという。

大正自由教育、池袋モンパルナス、東京拘置所、ヤミ市……さまざまな事象が次々と現れては消えていく都市形成のありかたが、池袋の雑多性を担保してきた。しかし、昨今の変化を眺めていると、歴史の暗部にあった記憶が、光あふれる都市の表層によって埋葬されてしまうことへの危惧が、どこかで胸を衝く。

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Photo by iStock

どうもこの街は明るくなりすぎた気もする。光ばかりがクロースアップされ、影が飛ばされていく。西口のロマンス通りや旧三業地、敗戦後の東アジア諸地域との関係を示す北口界隈。そこからウイロードを抜けて新文芸坐方面に向かえば、池袋ミカド劇場(1967年開場)などのストリップ劇場が営業を続けている。

陰影のひそやかな世界が、サンシャインシティの建設以来、今また「Hareza」に象徴される眩しい〈晴れ〉と非日常を演出する〈ハレ〉の世界へと転換されていく。すばらしい変化だが、それでも……と、贅言と重々承知ながら、語らずにいられない部分もある。

古い記録を見ると、かつて池袋には豊かな池や川があったという。その水景は時代の推移とともに埋め立てられ、暗渠になりながら、今も地層の奥底で息づいていると聞く。土地に蓄積されてきた歴史や記憶も同様ではないか。池袋、そして豊島区が次代への新たな幕を開けた今だからこそ、歴史の光と影が記憶されつづけることを願いながら、その未来を寿ぎたいとおもうのだ。

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