「情報」で儲けられる時代は「すでに終わった」という意外な真実

「情報」で儲けられる時代は「すでに終わった」という意外な真実

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/08/23
No image

うどんを鼻から食べても自慢にならない

山手線の駅名をすべて空で言えたり、鼻からうどんを食べることができればすごい。しかし、そのようなことに意味は無い。

そして、意味の無い難しいことができることをひけらかすのが、多くの学者や専門家たちである。

このばかばかしさについては、当サイト7月27日の記事「人工知能時代、投資の神様・バフェットが『大雑把さ』を重視するワケ」で詳しく述べた。

投資の神様ウォーレン・バフェットは次のように述べている。

「目覚ましい結果を得るのに、目覚ましい仕事をする必要はありません」

バフェットが、世界中のだれもがうらやむ巨万の富(目覚ましい成果)を得たのは事実だが、それは普通の人ができない特殊なことをやったからでは無い。

誰もが手に入れることができる公開された情報をじっくりと読み込んで、年に数回取引をすることを繰り返してきただけに過ぎない。

No image

ウォーレン・バフェット

原理原則から外れたサーカスの曲芸のようなことをすれば、世の中の人々は驚いて拍手喝采するかもしれない。しかし、例えば空中ブランコは、スタートしたところに戻ってくるだけで、最後はネットの上に飛び降りてから地面に着地。何か目的を果たすわけでは無い。

ショーであれば、観客を魅了すればそれで十分だが、投資やビジネスなど結果を求められる作業は目的を果たすことに主眼がある。

賢い犬とは?

バフェットは、さらにこう続ける。

「もし、歩いていて2メートルの壁にぶつかれば、周りに30センチの柵が無いかを探します」

2メートルの壁をアクションスターのように一気に駆け上がれば確かにかっこいい。しかし、そんなことをしなくても隣に30センチの柵があれば、そちらをまたいだ方が「賢明」である。確かにかっこいいとは言えないが……

筆者が子供の頃に観たテレビ番組にこんなものがあった。

太郎の飼い犬のシロは、評判のだめ犬であったが、ある日近所に住む優秀なクロという犬と勝負をすることになった。案の定、クロは設定されたバーを軽々と飛び越えるのに対して、シロは何回やってもバーの下をくぐり抜けてしまう。

クロの飼い主にさんざん馬鹿にされて、帰り道を意気消沈して歩いていた太郎に近所のお兄さんが声をかける。

「シロは素晴らしかったね!」

「???何言ってるの。やっぱりみんなが言うようにだめ犬なんだよ!」

「そんなことは無いよ!シロはバーを飛び越えるよりもくぐった方が早いとわかる賢い犬だから、バーを飛び越えるなんて馬鹿げたことができなかっただけだよ」

「そうかなあ……」

世の中では、クロのようにあらかじめ設定された条件で華麗な技を披露する人々が多い。もちろんそのような人々の才能には敬服するが、バフェットを始めとする成功者は、「設定された条件がそもそも意味のあるものかどうか」という根本的なところから始める。だから、2メートルの壁をよじ登るのではなく、30センチの柵をまたぐことができるのである。

正確に間違えるよりも大雑把に正しいほうがましだ

円周率というのは不思議な数で、いつまでも数字が並ぶ。その数学的探求は非常に興味深いものだが、円周率=3.14と概数(ゆとり教育では3と教えていたそうだが……)を覚えておけば、まず問題は無い。

バフェットは「正確に間違えるよりも大雑把に正しいほうがましだ」という話をよくする。

例えば、そんなことはまず無いだろうが、円周率の定義そのものが間違っていると証明されてしまえば、際限なく続く円周率の細かな数字などゴミほどの価値も無い。

企業の決算の数字は概ね100万円、あるいは1億円の単位で切り捨てられて発表されるが、1円単位で表記しても大きな意味は無いし、むしろその決算が粉飾であるかどうかの方がより重要な問題である。それを見抜くためにエネルギーを費やすべきであろう。

また、役所の発表する数字は色々と細かいが、「統計不正問題」のように、統計をとる手法がでたらめであれば、それらのデータを基にはじき出された、詳細な数字など役に立たない。

コンピュータの進歩によって、細かな数字はいくらでも出せるようになったが、いくら細かな数字を出しても全体像のとらえ方が間違っていれば元も子もない。

残念ながら、現在はまさに「正確に間違えた」情報が氾濫し、多くの人々が「大雑把な全体像」というより重要なものを見失っているように思える。

さらに言えば、会社や上司が設定した狭い条件の中で「正確に間違える」ことが常態化し、条件をひっくり返すような「革命」=「イノベーション」が起こらないことが、日本経済・社会の停滞・閉塞感の最大原因であると考える。

インターネットで情報の非対称性は大きく減少

ピーター・F・ドラッカーが、「情報」と「知識」が全く違ったものであると主張していることは、これまでにも繰り返し述べてきた。

「ゼロ」と「1」で表されるデジタルが情報の典型であり、逆に情報とはデジタルで表現できるものと定義することもできる。

「情報」も、コンピュータ・インターネットが登場する以前はそれなりに価値があった。例えば、ワーテルローの戦いでの英国勝利の情報をネイサン・ロスチャイルドが伝書鳩でいち早くキャッチし、フランス優位と信じていた市場の裏をかいて大もうけしたのは有名だ。

この話自体は後世の創作だとする説もあるが、当時の世界でいち早く「情報」をつかんだものが優位に立ったのは事実である。

No image

ピーター・ドラッカー

また、筆者が現役のトレーダーであった時代、ロイターやブルームバーグなどの情報端末は必需品であった。

バブル期にはロイタ―の上位機種のレンタル料が月額100万円(年間1200万円)ほどしたと記憶している。上位機種と言っても、現在のデスクトップ・パソコンのスクリーンよりも劣った白黒の画面だけ(ハードそのものはロイターが一括して保有)であった。

しかし、インターネットが普及する以前には、世界経済・市場の情報をいち早く入手してディーリングで稼ぐためには、そのような高額の情報端末の利用料を払うしか方法が無かったのだ。

実際、今ではどこででも手に入る、外国為替のリアルタイムの相場も情報端末以外では公開されていなかった。

もちろん、現在ではほとんどの経済・マーケット情報が瞬時にインターネットで流される。職業ディーラだけが情報を独占して儲けることができる時代はすでに終わったのだ。

金融市場だけでは無く、あらゆる経済・社会の出来事が瞬時に伝わるようになったため「情報」はコモディティになったといえる。

穀物や家電のように、誰もが生産・取り扱いができるものは「コモディティ」と呼ばれ、利益をほとんど産まないが、「情報」もそのコモディティの仲間入りをしたのだ。

「知識」は「暗黙知」

それに対して、ドラッカーが定義する「知識」の価値は益々増加している。

例えば、インターネットで情報を検索するにはキーワードを入力するだけでよいし、その結果あふれるほどの情報が表示される。

しかし、そのようなあふれる情報の中の何が大事で何が不要かを理解し、重要な情報だけで組み立てられるのが「知識」である。

「知識」は、決して「ゼロ」と「1」のデジタル情報では表せない。逆にデジタルで表現できないからこそ、「知識」は価値があるのだ。

「暗黙知」という言葉がある。この言葉の深い意味に感動したある友人は、青山や神宮前などに「もくち」という和食の店を展開しているが、この暗黙知こそがドラッカーの述べる「知識」に近いものだ。

例えば、会社のある部署の業務をマニュアルにすべて書きだしたとする。それら、マニュアルに書きだすことのできるほとんどの作業は、「情報」に基づいておりAIにとって代わられるものだ。

しかし、職場の仕事の中にはマニュアル化が難しい「暗黙知」に基づくものが多数あり、それが「知識」である。

ドラッカーは、これから「知識社会」がやってくると述べているが、「暗黙知」を豊富に持った人々こそ知識社会の主役であり、他社から引く手あまたの優秀な人材なのだ。

デジタル化、マニュアル化できる情報はコモディティだが、「暗黙知」を構築するのは大変困難な作業だ。したがって、そのような「知識」を持った人材は、どの企業も喉から手が出るほど欲しいというわけである。

AIは脳の単純労働を担う

AIに仕事を奪われるなどという話がまことしやかに流れている。

確かに、これまでも、パワーショベルが普及したおかげで、スコップで地面を掘る重労働は激減した。また、自動車が普及して人力車の車夫の仕事は無くなった。

しかし、それが悪いことだろうか? 全体で見れば、人々の労働は「より肉体的に苦痛が少ない知的」のものに移り変わっているのだ。

筆者が短資会社に入社した頃には、銀行員は「紅白歌合戦」を見ることは不可能で、「ゆく年くる年」を見ることができれば万々歳だといわれていた。

12月31日の大みそかまで銀行が営業しており、年末の大量の入出金の手書き伝票をそろばんと電卓で計算していたのだから、何回やっても数字が合わないのは当然といえよう……

今や銀行業務がオンライン化されたおかげで、そのような話も伝説となった。

実のところ、AIを凌駕するのは人間のアバウトさである。逆に細かい作業はAIレベルの原始的存在だ。

世間で誤解されがちだが、人間の脳はデジタルでの大量な情報の処理を効率化するために、必要な情報だけを効率的に扱えるよう、「ファジーになる方向に進化」したのである。

つまり、「正確なデジタル情報」は原始的であり、そのような「脳の原始的・単純労働」はコンピュータやいわゆるAIに任せればよいのだ(なお、現在、AIと呼ばれているものが、本当はAIでは無いことは、当サイト2018年8月27日の記事「騙されるな、空前の電気自動車(EV)ブームは空振りに終わる」を参照)。

人間はもっと高度な「大雑把=ファジー」=「暗黙知」の分野でより高度な進化を遂げるべきなのである。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

コラム総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
江戸時代の遊郭の闇。劣悪環境で男性に性的サービスする最下級の遊女「鉄砲女郎」とは?
中古車、安くて人とかぶらない“掘り出し物”厳選28モデル!エレメントやクラウンエステートも!
大ヒット商品アイテムに激似!【セリア】の絶対買うべきアイテムまとめ
薬剤師の対応に絶句した女性 「その場にいちゃいけないような...」
心身を健康に、人間関係も向上する夜習慣
  • このエントリーをはてなブックマークに追加