道尾秀介の10年が結実した“やさしい嘘”の物語『透明カメレオン』インタビュー

道尾秀介の10年が結実した“やさしい嘘”の物語『透明カメレオン』インタビュー

  • ほんのひきだし
  • 更新日:2018/02/16

〈道尾秀介さんの『透明カメレオン』文庫版がこのほど発売されました。単行本刊行時(2015年1月)のインタビューを再掲載します。〉

No image

透明カメレオン

著者:道尾秀介

発売日:2018年01月

発行所:KADOKAWA

価格:778円(税込)

ISBNコード:9784041063521

No image

道尾秀介 Shusuke Michio

1975年生まれ。2004年『背の眼』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、デビュー。05年に上梓された『向日葵の咲かない夏』が08年に文庫化され100万部を超えるベストセラーに。07年『シャドウ』で第7回本格ミステリ大賞、09年『カラスの親指』で第62回日本推理作家協会賞、10年『龍神の雨』で第12回大藪春彦賞、『光媒の花』で第23回山本周五郎賞、11年『月と蟹』で直木賞を受賞。ほかに『サーモン・キャッチャー the Novel』『満月の泥枕』『風神の手』など著書多数。

「10年間」が結実した 『透明カメレオン』という物語

「作家生活10周年記念作品」と銘打たれ、2015年1月に発売された道尾秀介さんの『透明カメレオン』。道尾さんのデビュー作『背の眼』が書店に並んだのは、2005年の1月だった。

「本当に丸10周年なんです。この本は、ずっと応援してくれた方や書店さん、出版業界への恩返しだと思っています。

今まではわりと、〈わかる人はわかってください〉という書き方の本が多かったのですが、『透明カメレオン』は小説を読んだことがない人でも十分に楽しめるものにしたかった。かつ、たくさんの本を読んできた人や、これまでの読者にも深く満足してもらえるようにと書いた一冊です」

インタビューなどでは折に触れ、「小説は自分のために書いている」と語ってきた。「読者のために書く」という初チャレンジは「予想していたよりも難しかった」という。

一般に広く受け入れられやすいものは、特徴がなくなりがち。「たくさんの読者に手に取ってほしい」と願いながらも、無難なものに落ち着くことなく、「棘があるなら棘があるまま、毒があるなら毒があるまま」に楽しんでほしいと挑んだのが本作だ。

No image

背の眼 上

著者:道尾秀介

発売日:2007年10月

発行所:幻冬舎

価格:617円(税込)

ISBNコード:9784344410367

“聴く”ように読む

『透明カメレオン』の主人公は、深夜の人気ラジオ番組のパーソナリティ・桐畑恭太郎。「ものすごく素敵な声」と冴えない容姿のギャップに悩む、34歳だ。代わり映えのしない毎日を刺激的な出来事につくり替え、毎夜リスナーに届けている。

妹の出産のため、共に暮らす母は妹と実家に里帰り中。1人淋しく暮らす恭太郎が唯一自分らしくいられる場所が、仕事帰りに通う浅草のバー「if」だ。店には美人ママの輝美や人気キャバクラ嬢の百花、害虫駆除会社を経営する石之崎、ゲイバーのホステスであるレイカ、仏壇店の店主・重松と個性的な面々が集う。

ある雨の夜、ビルの外から不審な物音がし、ifに全身びしょ濡れの美女・三梶恵が現れる。互いのふとした勘違いをきっかけに、恭太郎と仲間たちは目的も知らされないまま、彼女の“殺害計画”に巻き込まれていく。

「if」があるのは、浅草の路地裏にある古いテナントビル。自身も浅草に行きつけの店が数軒あるという道尾さんは、浅草を舞台に選んだ理由をこう語る。

「この小説は、お互いの情が絡み合うことで、問題が起きたり、面倒くさい展開になってしまったり。いわば人情で成り立っている物語です。浅草といういまでも昔ながらの義理人情が色濃く残っている場所で、思いやりが重なり合う話を書きたかったんです」

パーソナリティという職業も、「もともとラジオ放送を聴くのが好きで、ずっと書いてみたいキャラクターでした」。

ラジオを聴いたことがない人はいないけれど、番組を離れたパーソナリティの日常は、なかなか窺い知ることはできない。

「本番から聴こえてくるパーソナリティと構成作家の関係といったちょっとした知識をもとに、舞台裏を想像しながら書く楽しみがありました」

恭太郎の声は〈平均よりもトーンが高く、少しハスキーがかって〉いて、聞いた人が思わず顔を上げてしまうような〈特殊な声〉。

ストーリーには度々番組での恭太郎の“語り”が挿入されるが、その軽妙な語り口は、誰もが自然と自分にとって、最高に心地よい声音で“聴いて”いるはずだ。

もちろん、そうして挟み込まれるラジオ放送も、すべてが重要な意味を持つ。恵に対する恭太郎の思いや仲間たちのこと、“計画”の背景には何があるのか……。それらが絶妙なおかしみを含んだ文章でさりげなく提示され、心にするりと入り込む。

「どこでページを閉じてもらっても十分楽しめる。なおかつ最後まで読んでもらえると、予想もできなかった感動がある」

ユーモラスな語り口やたまに入ってくるラジオ放送、恭太郎が仲間たちと繰り広げる決死の覚悟のアクションシーンなど、物語を盛り上げるさまざまなパーツはラストの感動へと導く巧妙な仕掛けでもある。

ミステリーあり、家族あり、恋愛ありと、さまざまな要素が見事なバランスでまとめ上げられた本作。読後のカタルシスを最大限に味わうためにも、キャラクターたちに懐を開いて、一つ一つの仕掛けを存分に楽しむことをぜひおすすめしたい。

実人生と地続きの物語を

(単行本発売時の)帯には、〈今夜も僕は、世界をつくる。少しの嘘と、願いを込めて〉とある。道尾さんが読者に届けてくれる、思いに満ちたその作品世界と、つい重ねあわせてしまう言葉ではないだろうか。

「これは編集者が考えてくれたのですが、物語全体を象徴する、いい言葉をつけてくれたなと思っています。僕も読んでただ楽しかったという小説はなるべく書きたくない。実人生と地続きのものを書きたいという思いがあって、それを強く意識したのがこの『透明カメレオン』です。

実際には〈こんな人たちいるわけないよ〉といわれるようなフェイキーなキャラクターも、読み進めていくと本当にいるように感じてもらえる。この作品のテーマである〈人の弱さ〉とがっちりリンクしてくれました」

デビュー以来「救い」をテーマに書いてきたが、本作で描きたかったのは「弱い人が救われるストーリー」ではなく、「弱さそのものが、一つの価値である」ということ。

人の弱さとは何なのか。恭太郎は恵に、〈弱いってのは、強くないことだって考えている人もいるけど、僕はそうじゃないって信じてるから〉、そう語りかける。誰もが抱える弱さそのものを互いに受け入れ、共にいること。変えられない“過去”ではなく、新しい“いま”を信じ、願うこと。

人間を描くことはその弱さを描くことなのだと、深い陰影を持つキャラクターたちが教えてくれる。ハラハラドキドキのストーリーの先に、思いもかけない真実が見えてきたとき、これはここから始まる“再生の物語”なんだと気づく。

ラストについては、「どこで終わらせるかすごく悩みました。エピローグを用意することもできるけれど、僕が文章で書くよりも、読者の方が頭の中で想像するエピローグの方が、絶対にきれいだろうなと」。

この世は、大切なものほど目に見えない。小学生のころ、恭太郎の友だちが飼っていた〈透明カメレオン〉もその象徴だ。

「僕が小学校3年生か4年生のときに実際にあった話です。カメレオンを飼っていると言い張る友だちがいて、家に見せてもらいに行ったら、〈あそこだ〉と天井近くを指さして教えてくれる。そうしているうちに、だんだんそこに本当にカメレオンがいるように見えてきた。思えばいる、信じればそこにあるという不思議な体験でした」

人の思いやこの世界から消えてしまった人の存在、ラジオの電波だって目には見えないけれど、それは確かに存在し、誰かに何かを届けることができる。それは〈文字〉から読む人それぞれの景色を描かせる、小説の力でもある。

10年目のプレゼント

「あっという間の中にもいろいろなことを試してきて、次のステップを踏みたいなと思った時期がちょうど10年目と重なっていたんです。何かできることはないかと考えて、『透明カメレオン』を書いたのも大きなステップでした」

もう一つの記念となる出来事は、尊敬する憧れの作家、トマス・H・クックに会うため渡米し、一緒に過ごしたこと。

「『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞したと連絡をもらったのが、10年前の10月15日。彼とは前々からメールのやりとりはしていて、実際に会おうという話になった時に、実は記念日だということでその日に会って、一緒にお祝いしてもらいました」

「それはすごくその後のモチベーションになっています。クックにもずっと憧れていた作家がいて、彼が生まれて初めての海外旅行でイギリスに行ったときに、その作家の家を調べて、ドアの前まで行ったらしいんです。でも怖くてどうしてもそのドアをノックすることができなくて、それをいまだに後悔している。

〈君は勇敢だ、ここまで会いに来てくれて〉と言われて、〈そうか、これは勇敢なことなんだ。勇敢なことをすると、これだけ得るものがあるんだ〉と実感したので、これからは小説に直に跳ね返っていくと思います」

これまでも、そうした一つ一つの体験が物語を生み出してきた。

「小さい頃は本をまるっきり読まなかったですし、いろんな人といろんな経験を積んで育ってきた。生身の人間同士の係わりあいや、自分で見てきたたくさんの景色から作品が生まれてきます。若い頃、外に出ずに小説を読むだけだったら、たぶん作家にはなれなかったと思います」

これからの創作活動については、「いろんな読者の方を100パーセント以上満足させるものを書くことはこんなに難しいことなんだとわかったので、今後はその難しいことを基本ベースとしながら、本当にわがままな、10人に1人だけでもわかってくださいという作品もたまに書いていくと思います」

道尾さんが新しい作品を書くときの絶対条件は、「やったことのないもの、これまで書いたどれとも似ていないもの」。

「そうやって違うテイストのものを書いていると、読者の方から不満が出てくることも。たとえば前作の『貘の檻』は、横溝正史の世界が好きな人は評価してくれるのですが、ピンとこない人にはまるっきりわからない作品だったと思います。

エンタメ性の強いものを読みたい読者もいれば、あまりトリックが入っていないほうが好みという人もいる。ただこれまでの本が、たとえば(近著の)『貘の檻』でデビュー、『鏡の花』が2冊目と、刊行順がすべて逆だったとしても、たぶんそういった声の数は同じだったろうなと気付いてからは少し楽になりました」

そんな勇気と覚悟を持って生み出された作品たち。10周年にあたり、特に思い出深い作品は、と尋ねると「『透明カメレオン』は24冊目の小説にあたりますが、24人子どもがいてどの子が一番好きかと言われれば、どれも同じですとしかいいようがない。ただ、お兄ちゃん、お姉ちゃんたちのことをよく見て学んでいるので、末っ子ほど出来がいいことは確かです(笑)」。

まさに“道尾秀介”という作家の粋が、たっぷりつまった会心作。小説ならではの心ふるわす感動を、ぜひ堪能してほしい。

No image

貘の檻

著者:道尾秀介

発売日:2017年01月

発行所:新潮社

価格:853円(税込)

ISBNコード:9784101355566

No image

鏡の花

著者:道尾秀介

発売日:2016年09月

発行所:集英社

価格:691円(税込)

ISBNコード:9784087454871

あわせて読みたい
道尾秀介が1枚だけ写真を撮ったオリジナルカメラが当たる!新刊『風神の手』発売記念Twitterキャンペーン開催
「謎を解いて、このまま終わるのかなと思ったら……」道尾秀介『満月の泥枕』は“2冊分”おもしろい人情ミステリー
これぞ道尾秀介ワールド!連作群像劇『鏡の花』が“ある仕掛け”を施されて文庫化

(「新刊展望」2015年3月号より)

No image

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

映画カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
北野武監督作品など幅広い活躍/大杉漣さん略歴
『仮面ライダーアマゾンズ』外伝が『モーニング』で漫画化「狩るのは、誰だ」
大杉漣の背中を見続けた松重豊「初共演の経験が指針」30年経て「バイプレイヤーズ」は“寄港地”
[追悼]“名バイプレイヤー”大杉漣が映画界に遺した功績を振り返る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加