涙とともに成長した渡邊雄太。W杯の教訓は「プレッシャーに勝つこと」

涙とともに成長した渡邊雄太。W杯の教訓は「プレッシャーに勝つこと」

  • Sportiva
  • 更新日:2019/09/17

34点、9リバウンド。フリースローは12本をすべて決めるパーフェクト。日本が13年ぶりに出場したバスケットボールのワールドカップ(以下W杯)の順位決定戦、ラストゲームのモンテネグロ戦で渡邊雄太(SF/メンフィス・グリズリーズ)が発揮したパフォーマンスは、ひとりだけ次元が違った。

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W杯最終戦で本来の力を発揮した渡邉雄太

この試合で叩き出した34得点は大会におけるゲームハイを樹立(他に3選手が同率1位)。W杯の5試合で渡邊が残した平均32分出場、15.6点のスタッツは、八村塁(SF/ワシントン・ウィザーズ)の平均24.3分出場、13.3点(3試合)のアベレージを上回り、チーム1位。渡邊の鬼気迫るプレーは、勝利につながらなかったとはいえ、誰もが日本代表に求めていた姿だった。

「ニュージーランド戦のように情けないプレーのまま終わりたくなかったし、最終戦で遅いかもしれないですが、自分の持っているものを100%出しきろうとした結果がスタッツにも残りました。チームを勝たせたかったという気持ちが強かったです」

34得点を叩き出した原動力となったのは、怒りと悔しさ。そして後悔したくないという思いからだった。順位決定戦の一発目のニュージーランド戦で81-111と大敗した大きな敗因はメンタルブレイク。

1次ラウンドが終了し、八村が膝の不調と疲労でチームを離脱し、キャプテンの篠山竜青(PG/川崎ブレイブサンダース)までも足の負傷で欠場を余儀なくされた状況で士気が下がってしまったことは、選手それぞれが反省点としてあげている。大敗した後に「戦う準備ができていた選手は誰もいない」と指摘した渡邊だが、それはチームメイトだけのことではなく、自分自身に向けた怒りの言葉でもあった。

渡邊は、昨年9月にW杯予選に初参戦したときから「僕と塁が来て負けるわけにはいかない」とプレッシャーを自分にかけて臨んでいた。自分たちが日常で戦っているステージは世界基準であることを自負しているからこその発言であり、それがカザフスタン戦での出足からのゴールアタックに現れ、イラン戦では持ち前のディフェンスで相手エースを後半封じることにつながった。

今大会に向けても、上昇気流に乗っていた男子バスケ界の状況を受けて「このW杯の結果が日本のバスケの未来につながる」と言い切っていた。みずからを追い込んで奮い立たせて臨む。それこそが渡邊のビッグゲームへの挑み方なのだが、W杯では遅かったとはいえ、八村不在の最終戦でようやく本来の力を出すことができた。

正直なところ、プレーの面では無謀とも思える突破もあった。代表における渡邊の役割は点取り屋ではなく、ディフェンスを含めて状況判断をしながら多岐にわたってチームを助けることにある。だが、最終戦では、パスができる場面でも自分で攻めることを第一の選択とした。でも、それでよかったのだ。結局チームプレーが練り上げられていなかった日本が勝利するには、「自分がやってやる」と覚悟を決めた者が、相手とのコンタクトプレーに怯まずに切り拓いていく手段しかなかったのだから。

思えば、渡邊の前にはいつも試練があり、それをひとつずつ乗り越え、自信をつけ、成長していったことをモンテネグロ戦で、再度気づかされた。

香川・尽誠学園高の2年時、冬のウインターカップで準優勝を果たしたときの渡邊は、2m超えのオールラウンダーとして、一躍その名をあげた。しかし、3年生になるとリーダーシップの面で課題が出て、夏のインターハイは初戦(2回戦)敗退。その悔しさをバネに冬のウインターカップでは接戦を制する粘り強さを身につけ、2年連続で準優勝の成績を収めている。

リーダーシップを身につけたのは、失意のインターハイ後に行なわれたU18代表でキャプテンを任された経験が大きかった。U18アジア選手権では大会中に捻挫をして思うようなプレーができないことで、試合後には自分の弱さに打ちひしがれて毎回のように泣いていた。その涙は責任感の表れなのだが、渡邊の性格上、どうしてもプレッシャーを背負い込んでしまっていたのだ。

そんな将来性ある選手を鍛えたいと、U18代表のヘッドコーチだった佐藤久夫コーチ(明成高)は、渡邊にポイントガード(PG)ポジションを練習させた。「2m選手がPGを務めることで戦いのテンポを変える狙いがあるのと、雄太にはビッグゲームで誰よりもゲームを理解して、リーダーになる度胸をつけてほしい」という意図で、3位決定戦のイラン戦では渡邊を長い時間にわたってPGとして起用。渡邊自身も「U18代表でも尽誠でも、大きな試合でガードをやった経験は確実につながっています」と語る今、ボールをプッシュし、ボールハンドラーになる場面もあるほどだ。

U18代表でのイラン戦では4点差で敗れて4位に終わったが、この時の号泣は今までとは違い、大粒の涙を流しながらも「早くA代表で活躍できる選手になりたい」と前向きなものだった。大泣きしながら「A代表」との言葉を口にする高校生を見たのははじめてだった。

海を渡った先のジョージワシントン大では、4年時にアトランティック10カンファレンスの最優秀ディフェンス賞を獲得しているが、そこにたどりついたのも、自信が持てるプレーを得るまで、やはり涙を流すほどの悔しさを味わいながらも試練と向き合ったからこそ。

今回もそうだった。日本代表の合宿に合流した直後に捻挫をして、完全復帰を果たしたのは8月24日の強化試合のドイツ戦であり、W杯直前まで完全な状態でプレーができない不安があった。大会に間に合わせる調整をした裏には、人知れずに休みの日にもコンディション作りや練習をする姿があった。いつも最初からうまくやり通せたわけではない。簡単にNBA選手になったわけでもない。むしろ苦い経験を多く味わい、その迷いを断ち切るまで目の前の課題に取り組み、そして吹っ切ったときは今まで以上のプレーを必ず見せる。これを繰り返して這い上がってきたのが渡邊雄太なのだ。

現状はグリズリーズとの2Way契約の状態にあり、本契約を勝ち取ったわけではない。W杯のような舞台で結果を出すことは、ビッグゲームでの勝負強さを示し、当然、グリズリーズでの評価を上げることになる。34得点を奪取した先には、NBAでの生き残りをかけた戦いもあったのだ。

こうしたプレーを率先して発揮することは、国際大会を戦った選手たちがよく課題とする「日本に経験を持ち帰って伝える」と同様な姿勢だ。渡邊がNBAで戦う強度を発揮したことにより「Bリーグの選手たちから変わらなければ」(竹内譲次/PF/アルバルク東京)と国内で戦う選手たちの決意も変わっている。今度はBリーグの選手たちがW杯で経験したプレーを国内に伝えていかなくてはならない。

「このW杯は自分にとって何をもたらし、今後にどうつなげていくのか」と、すべての試合を終えたあとに渡邊に聞いてみた。

「自分自身、今回はバスケ人生で初めてプレッシャーに負けて、自分の精神的な弱さを感じました。正直、1次ラウンドは突破しなければならないと自分自身にプレッシャーをかけていたので、チェコに負けたあとは(その望みがなくなったことにより)自分を見失ったというか、全然自分を出せなかったです。今後、NBAでプレーすることになってもそういう状態が絶対にある中で、そのプレッシャーに勝っていくことは、この代表期間を通して学べたことです」

W杯での日本は結果を残せず、個々のスキルアップにしろ、チーム力構築にしろ、やるべきことは山積みだ。ただ、次に何をつなげられるかで、13年ぶりのW杯の戦いは無駄にならず、戦った価値は出てくる。すでに渡邊は、「今年は本契約をつかみにいく」と誓ってアメリカへと渡った。頭の中には東京五輪を見据えた思いは当然あるが、今はグリズリーズで評価を上げることが、自分自身のやるべきことだ。このW杯の経験が渡邊を一回りたくましくさせたことは間違いなく、これからも、目の前の試練を一つひとつ乗り越えて進んでくれるはずだ。

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