T-BOLAN・森友嵐士、歌声を失ったミリオン歌手 復活への19年の道のり

T-BOLAN・森友嵐士、歌声を失ったミリオン歌手 復活への19年の道のり

  • THE PAGE
  • 更新日:2018/04/22

音楽業界が華やかだった1990年代、ミリオンヒットを記録した『Bye For Now』や『離したくはない』など数々のヒット曲を世に放ったロックバンド「T-BOLAN」の森友嵐士は、人気絶頂の最中に突如その姿を消すことになる。そして15年以上にも及ぶ復活への長い道のりに迫る――。

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森友嵐士

下積み時代を経て、91年にメジャーデビューを果たした「T-BOLAN」は、同年12月にリリースした2ndシングル『離したくはない』が有線リクエストを中心に人気に火が付くと、その後も『Bye For Now』や『すれ違いの純情』、『刹那さを消せやしない/傷だらけを抱きしめて』、『マリア』などヒット曲を連発し、一躍人気バンドの仲間入りを果たした。

だが、人気絶頂の95年に行ったライブツアーの大阪での最終公演で、周囲のスタッフの反対を押し切りステージに立った森友は、この日を境にステージを後にすることになる。

「じつはツアーのリハーサルの途中くらいから、ずっと声の調子が悪かったのですが、病院に通ってもハッキリとした理由が分からなくて。当時はバンドのスケジュール的にも、自分のエネルギー的にもかなり集中して詰めてやっていたので、『ちょっと休めば…』くらいに思いながらツアーを続けていたんです。チケットもすでに完売でしたし、やめるという決断には至らなかったです」

ドクターストップと最後のステージ

ツアー中、森友はライブが終わると早々にホテルの部屋に戻り、食事もルームサービスで済ませてなるべく早く就寝したり、朝早く起きて体を温めたり、リハーサル前からライブ会場を訪れては走ったり縄跳びをしたりするなど、できる限り“歌うために良いと思うこと”に励んだという。

それでも声の調子は改善しないまま、ツアー最終日の大阪公演を直前にドクターストップがかかってしまう。
突然のライブ中止の発表に混乱する会場。集まった観客からのブーイングと、割れんばかりの“森友コール”を楽屋で聞いていた森友は、スタッフの制止を振り切りステージに上がるとライブを敢行。

そして、これが「T-BOLAN」にとって最後のライブとなった。

森友は当時の心境をこう振り返る。

「後になって、結果的に『心因性発声障害』ということが分かるのですが、その時点では喉を酷使したことによるびらん性の声帯結節という診断でした。神戸の震災のあった年でしたから何より大阪公演には特別な思いもありました。ファンの方の期待に応えたかったんです。ドクターストップがかかったとはいえ、逆にハッキリとした病名があったので、時間をかければ治る病気なんだと初めて少し安心もしました。ただ、結果的に違う病気が原因で、無理して歌ったことで起きてしまった二次的な障害だったので、声帯びらんが治った後も歌えない状況は変わりませんでした」

器質的異常がないものの、いざ歌おうとすると声帯がしまらない原因不明の「心因性発声障害」は 当時の日本ではまだ病名すらそれほど浸透しておらず、当然のことながら治療方法も定かではなかった。

ヴォーカルの森友が歌声を失った「T-BOLAN」は約4年間の活動休止期間を経て、99年に解散することになる。

「色んな病院をまわったものの、原因も治療法も分からないままでした。それでも、僕もバンドのメンバーも治すことしか考えていなくて、活動休止中も不調は発表せず、ベスト盤を出したり、ファンのみなさんに心配をかけない形で自分の声を取り戻すまでの時間をかけたのですが…。99年でした。これで日本のドクターとして最後の望みをかけて来院だったんですが、ここで初めて病名を渡されることになりました。そしてこの病気には治療法がなく、10年後も治っていない可能性もあると。大きなショックでしたが、このままではいけないな、と。僕の問題で、『T-BOLAN』という形があることで、活動できる人間の活動まで止めてしまっていることに悩んでいたし、待たれてもいつ治るのか分からないという状況でしたから。他のメンバーの時間を奪いたくなかったんです。メンバーにもすべてを告白し、それぞれの可能性を広げるためという形で解散を発表しました。当時は『森友のわがままで解散』と言われましたけど、それでよかったんです」

“最後”の会場で19年ぶりの復活ライブ

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森友嵐士

その後、森友は懸命にリハビリに励み、その歌声を失ってから15年近い月日を経て、09年にソロとして音楽活動を再開。

14年3月には最後のライブとなった大阪・オリックス劇場(※当時は大阪厚生年金会館)で、19年ぶりの単独ライブを行う。

「いつも『T-BOLAN』という存在は頭の中にはあったんですけど、あまりに長い時間が経っていたし、何よりメンバーそれぞれの気持ちを確認したかったんです。3日間メンバーだけで過ごす機会をつくりました。一緒に過ごすことでそれぞれに答えを感じてもらいたかったんです。最後の日に、『T-BOLANどうしたらいい?』って聞いたら、答えは一つでした。『先の細かいこととか、どう発展するのかは分からないけど、もう1度ライブはやりたい』、『解散ライブでできてないし』と。ライブ1本だけだったら、みんな今のライフスタイルを変えなくてもできるし、まずはそれをやってみようか、と」

メンバーは家族のようなもの

こうして19年ぶりに“リベンジ”を果たした「T-BOLAN」は再びバンドを離れ、それぞれの活動へとT-BOLANにひとつマルを打つ。そんな中、ベースの上野博文がくも膜下出血で倒れて、生死の境をさまよったことをキッカケに、昨年8月に活動を再開。

今年3月には、かつて森友が夢をかなえるために海外へ旅立つスタッフとの別れの際に贈った『Bye For Now』を全国のファンに直接届ける企画「みんなで贈ろう『Bye For Now』未来の君のために!」を展開、インディーズデビューから30周年を記念して7月10日には東京・中野サンプラザで待望のバンドスタイルでの“ベストライブ”を開催するなど活動の幅を広げている。

最後に森友は「メンバーは家族のようなもの。命は永遠ではないことを実感しているし、人生は一度きり。今思うことを今、ゆっくりでいいから『T-BOLAN』というバンドの活動を生涯このメンバーで続けていけたらいいなと思います」と穏やかな表情で語った。

(取材/文・三杉武)

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