星野源が『逃げ恥』主人公への非難の声に反論!「男が女の誘いを断るなんて、という意見は性のレッテル貼りだ」

星野源が『逃げ恥』主人公への非難の声に反論!「男が女の誘いを断るなんて、という意見は性のレッテル貼りだ」

  • リテラ
  • 更新日:2016/12/01
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TBS『逃げるは恥だが役に立つ』番組ページより

『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)の勢いが止まらない。今週火曜日に放送された第8話はサッカー中継のため20分遅れのスタートにも関わらず、平均視聴率は16.1%を記録。自身がもつTBS火曜ドラマ枠歴代最高視聴率をさらに更新することとなった。

そんななか、第7話のラストをめぐって、星野源が視聴者の声に「それはレッテル貼り」と反論し、大きな反響が起きている。

その発言の詳細に触れる前に、念のためこのドラマの概要を説明しておこう。これまで結婚にとりたてて関心をもつこともなく異性とも深い関わり合いをもったことのない35歳のIT企業エンジニア津崎平匡(星野源)が、大学院まで出たものの就職先が見つからず何とか見つけた派遣先からも派遣切りにあった森山みくり(新垣結衣)を家事代行スタッフとして雇うところから物語は始まる。そんななか、みくりの住む場所や親の目など色々な問題があり、ひょんなことから2人は「契約結婚」をすることに。そして、2人で生活を共にしていくうちに、「雇用主・従業員」の関係が「恋愛」へと変化していく、というラブストーリーだ。

そして、問題の7話のラストシーンでは、2人がお互いに好意をもっているのをなんとなく認識し合っている状態で、みくりが平匡に抱きつきながら「いいですよ、そういうことしても。平匡さんとなら」と思い切った告白をする。しかし、平匡は自分に女性経験がないことを彼女に知られることを恐れ「無理です。そういうことをしたいんではありません。ごめんなさい、無理です」と拒絶。せっかくうまく行きかけた2人の関係が壊れてしまう。

このシーンを受けて、11月28日深夜放送『星野源のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)には、リスナーから平匡に対してこんなお叱りの感想メールが大量に届いたという。

〈7話の最後のシーンはもう。平匡さんのバカ〉
〈世間では『平匡なにしてんだ!』という意見と、『みくり早まったな』という意見と二択に別れております。源さんの意見を是非お聞かせ願いたいです〉

これに対し星野は、メールの「男だったらこういうとき逃げちゃダメだ」という意見は、「男ならこうすべき、女だったらこうあるべし」的な性別によるレッテル貼りの行為だとして、物語の登場人物たちはそういうレッテル貼りにこそ苦しめられているのではないかと指摘したのだ。

「平匡が拒否するというエンディングになったときに、やっぱりみんな怒っている怒り方が、メールとかを見ていると、『男なのに何やってんだ! 女性から申し込まれたそういう誘いを男がなぜ断るか?』って怒っているんだけど、それって、平匡なり、みくりなりがずっと苦しんできた“男に生まれたから”っていうレッテル、“女に生まれたから”っていうレッテル。そういうものとまったく一緒なんですよね」

星野はここからさらに議論を深め、では、これが男女逆だったらどうだろうと想像する。

「すごく分かりやすいなと思うのは、男女を反転するだけで全然怒る気持ちにならないんです。いままで彼氏がいたことがなくて、そういうこともしたことがない女性に対して『いいですよ、あなたとならしても』って男が言ったときに感じる感情って全然違うじゃないですか。怒りじゃない。それで拒否しても、全く怒る気にならない。『それはしょうがないよね』ってなる。でも、男になっただけで『お前、しっかりしろよ!』ってみんなから言われるっていうことは、それはいかにみんなが男と女というレッテルに縛られているかっていうことの証明なんですよね。だから、出演者が苦しんでいる理由は、見ている人たちの、怒った人たちの心のなかにある」

『逃げるは恥だが役に立つ』の登場人物たちは、主人公の2人以外も皆こういったレッテル貼りに苦しんでいる。セクシャルマイノリティーとして描かれる平匡の上司である沼田頼綱(古田新太)を筆頭に、平匡の後輩の風見涼太(大谷亮平)は「イケメンで異性の扱い方も上手い男はチャラチャラしていて軽い」という周囲の勝手な認識に絶望し、みくりの叔母である独身キャリアウーマンの土屋百合(石田ゆり子)は結婚や出産をめぐる周囲の圧力に苦しむ。

労働や結婚に関する問題をはじめとした「男だからこう」「女だったらこう」という勝手なレッテル貼りに対するアンチテーゼがこのドラマのテーマであることは明白で、毎週楽しみに見ている視聴者ならそのことは分かっているはず。なのに、最もプライベートな領域であるセックスの話におよんだとき、やはり性別におけるレッテル貼りの問題を噴出させてしまう。みくりの側からそういうことを誘ったってそれはおかしなことなどではないし、なんらかの理由で平匡が断ったとしてもそれは怒られることではない。ましてや、それが「男だから」「女だから」という理由などではないはずだ。

あらためて言うまでもないが、「女性は性的に受け身であるべき」「男なら性欲が強くて当たり前」といった「男らしさ」「女らしさ」は所与のものでなく社会的、文化的につくられたものにすぎない。

こういったつくられた性役割の押しつけは女性たちを長い間苦しめ、問題解決へ向けての戦いが行われてきた。それはいまでも続いている。しかし、つくられた性役割の抑圧に苦しむ構図は女性だけでなく男性も同じだ。

それが端的に表れるのが自殺者の数字である。1998年から2011年まで男性の自殺者は常に2万人を超えている。しかし、この間に女性の自殺者数が1万人を超えたことはない。

このような数字が出てしまったことの大きな要因のひとつが「男なら仕事に人生を捧げるのが当然」という社会認識であり、人間関係や労働による過剰なストレスや疲労で参ってしまったとしても弱音を吐いて休むことを許さない(少なくとも男たちにそう感じさせてしまう)無言のプレッシャーだ。なぜそのようなプレッシャーが生まれるかといえば、「男ならこうあるべし」という考えを社会が広く共有しており、当の男性本人もそれを内面化させてしまっているからだ。

こういった男性の生きづらさについて研究する男性学を専門とする武蔵大学社会学部助教授の田中俊之氏は『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(中経出版)のなかでこのように綴っている。

〈臨床心理士のテレンス・リアルは、「男のうつ病の皮肉なところは、うつ病をもたらす原因と同じ要素が、病気を直視させないようにしている」と主張しています。これだけではちょっとわかりにくいので、具体的に説明していきましょう。
生真面目な男性は、「男らしくなければならない」というプレッシャーを感じやすく、知らず知らずのうちに自分を追い込んでしまいます。例えば、悩みや問題を抱えていたとしても、生真面目な男性は次のように考えてしまうのです。
「男は強くなくてはいけない」「男ならば困難に立ち向かうべきだ」「男なら壁にぶつかっても、一人で乗り越える必要がある」。そして、誠実であるがために、「男らしく」しようと努めていますから、周囲に心配をかけまいと自分ひとりで悩み続けるのです〉

『逃げるは恥だが役に立つ』において平匡は「自分は“プロの独身”なのだから恋愛も結婚も自分の人生には必要ない」と主張する一方、イケメンで女性とのコミュニケーションも上手な風見に対し猛烈なコンプレックスを抱く。そんな劣等感を抱いたのは、自分のなかに芽生えたみくりに対する好意と、それをどうやって扱い表現すればいいか分からないことに困惑しているからだが、平匡はそんな悩みは表にすべきことではないと誰に相談することもなく七転八倒する。

また、みくりからのセックスの誘いを平匡が思わず断ってしまったのも、彼自身が「セックスは男がリードするもので、10歳も年下の女性にリードされるのは恥ずかしい」という考えを内面化させていたからであり(第8話でそのような経緯が具体的な言葉で説明される)、彼自身が知らず知らずのうちに抱いてしまっている「男ならこうあるべし」という考えは作中を通じて常に彼を苦しめ続ける。

最終回まで残り数話となったが、彼らは「男らしさ」「女らしさ」というレッテルの呪縛に何かしらの回答を出すことができるのだろうか。この後の展開が楽しみだ。
(新田 樹)

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