5円切手に5円の寄付 東京五輪に向け作られた記念切手からみる「国家の意気込み」

5円切手に5円の寄付 東京五輪に向け作られた記念切手からみる「国家の意気込み」

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  • 更新日:2018/01/14
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第15回ガット東京総会記念(1959年)/「1色でも色の濃淡でカッコよく見せているし、2枚つながると地球になるところもしびれる。こういう図案は、シートで見たくなります」と守先正さん(撮影/写真部・岸本絢)

昨春、久々に切手デザイナーの募集があるというニュースがネットを駆け巡った。なぜなら切手デザイナーは郵政民営化以来、8人を超えたことがない特別な職業だからだ。

【写真】61年から64年まで、東京五輪に向けて作られた寄付金付き切手

タテ・ヨコ数センチの小さなスペースに画像と文字を入れ、色調のバランスをとらなければならない。不特定多数の人が使うというハードルがあり、海外へ送るため国家の品格も背負う。通常の商業デザインと一線を画すのが切手デザインだ。

パソコンとメールの普及で手書きの習慣が減り、手紙離れが言われて久しい。だが、特殊切手の発行枚数は、2007年度の159種(2億7680万枚)から16年度の593種(11億4637万枚)へと、この10年で4倍以上に増えている。確かに、郵便局に行くと、いつでも多種多様なデザインの切手を買えるようになった。

こうした特殊切手のデザインも切手デザイナーの仕事だ。

近年は浮世絵など日本美術や建築を扱った伝統的デザインに加え、ミッフィーやスヌーピーなどのキャラクター、おむすび形のシール式切手など、ファンシーグッズのような切手も増えている。

そもそも切手とは何か。切手デザインの歴史と最近の動向について日本郵便切手・葉書室の主任切手デザイナー、玉木明さんに聞いた。各地で講演し、切手好きの“切手女子”にも知られた存在だ。

「切手は金券、紙幣の延長線上にあります。戦前はその考えが強く、デザインも重厚で荘厳です」(玉木さん、以下同)

日本で最初に発行された記念切手は「明治銀婚記念切手」(1894年)。明治天皇の大婚25周年を記念したものだ。戦前の切手は朝鮮半島や樺太、台湾まで日本の領土として黒く塗られた「第2回国勢調査記念」(1930年)、「鉄道70年記念」(42年)など国家事業に関するものが目立つ。

「第2次大戦後は49年の『こども博覧会記念』など子どもがモチーフとして登場します。僕はデザイナーなので、こうした切手のデザイナーは喜びを持って筆をとったのだろうと思うんです」

小さな切手から様々な意味を読み取ることができる。

駆け足で記念切手の歴史をたどろう。高い人気を誇る名作切手「見返り美人」は48年、「月に雁」は49年の発行だ。50年代中ごろには記念切手を買うため、郵便局の前に早朝から列ができた。57年にはグリコのおまけに切手引換券が登場。子どもたちの間にも切手ブームが起こった。

「日本社会が豊かになり、手軽にできる投機が記念切手だったのだと思います。デザインでいうと、色数も増え、博覧会や美術展を記念した切手も登場します。戦前の切手が国家中心だったのに比べ、戦後の切手は個人主義へと変化していきます。切手は時代のうつし鏡なのです」

61年から64年まで、東京オリンピックに向けて作られた寄付金付き切手も目を引く。

「5円切手に5円の寄付。倍の金額で、あり得ない額の寄付がついている。国家の意気込みと支える人々の気持ちが伝わってきます」

だが、石油ショックを経て社会が成熟期に入ると、切手も繊細で洗練されたものになっていく。

(ライター・矢内裕子)

※AERA 2018年1月15日号より抜粋

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