予想外!アマゾンが「電子レンジ」を売り出したたった1つの理由

予想外!アマゾンが「電子レンジ」を売り出したたった1つの理由

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/10/21
No image

9月20日、米「Amazon.com」はシアトルの本社にて、音声アシスタント「Alexa」関連の新技術・新製品発表会を開催した。筆者もその現場を取材し、戦略の一端を当事者に訊く機会を得た。

「家電づくり」という側面から見て、Amazonが今、いったい何を考えているのか──。その意図と狙いを、彼らの言葉から探ってみよう。

No image
No image
No image

(Amazonの発表会は、本社社屋に隣接する「The Sphere」という施設で開催された。いかにも「アマゾン」らしく、その内部はまるで熱帯植物園のようだ)

amazonがなぜ電子レンジを…?

9月末、Amazonは多数の新製品を発表した。

そのうち日本で販売されるのは、「Echo Dot」「Echo Show」など、4つの主要製品にすぎない。そして今回、Amazonが発表した製品群のうち、戦略的に重要な意味を担っているのは、じつは日本では販売されなかった製品である。

No image

(Amazonの最新スマートスピーカー「Echo Dot」をかざす、同社デバイス事業責任者のデイブ・リンプ氏。日本でも、10月30日から出荷が開始される)

No image

(ディスプレイ付きのスマートスピーカー、「Echo Show」。日本では、12月12日から出荷される予定だ)

Amazonはアメリカで、近日中に、自社ブランドの「電子レンジ」を売り出す。

日本では、「Amazonが白物家電に参入」というニュースとして騒がれたようだが、それは的外れだ。同社は「Amazon Basics」という、シンプルな製品群を販売する自社ブランドをもっている。

日本のサイトではスマートフォンのケーブルや電池などが中心だが、アメリカでは椅子から寝具、カメラの三脚まで、ありとあらゆるジャンルを扱っており、そこに電子レンジが入っても違和感はまったくない。

No image

(Amazonがアメリカで発売を予定している「Amazon Basics Microwave」。デザインはシンプルで、“特別な家電”という雰囲気はない)

"あの看板製品"と連携する機能を装備

ただし、ただ単に「Amazon Basics」の商品を1つ増やすだけなら、わざわざAlexa関連の発表会で持ち出す必要はない。この電子レンジ、すなわち「Amazon Basics Microwave」は、Alexaとの連携機能を搭載しているところがポイントだ。

とはいえ、電子レンジそのものに音声認識機能が備わっているわけではない。ネット接続の機能を有しており、家庭内のAlexa搭載機器(スマートスピーカーのEchoなど)に「電子レンジでジャガイモを蒸して」といえば、レンジが動き出してジャガイモを調理してくれるという仕掛けになっている。

Wi-Fiでの接続機能とAlexaとの連動機能を備えた「Alexa対応家電」として働くわけだ。

No image

(電子レンジに食材を入れ、Echoに向かって「ジャガイモを蒸して」などといえば、電子レンジが動いて調理がスタートする。リンプ氏自ら実演する様子)

格安家電をネット家電にバケさせる秘密

しかもこの製品、安い。

「Amazon Basics」は、すべての製品が「シンプルかつ価格重視」を売りにしており、「Amazon Basics Microwave」もその例に漏れない。アメリカでの販売価格は59.99ドルを予定されているが、これは、ネット接続機能などをもたない「ごくシンプルな電子レンジ」として見ても、かなり安価な価格設定である。

以前にこの連載で、「Amazonはハードウエアでの利益を期待していない」という話を書いた。確かに、Echoなどのスマートスピーカーは、Amazonが「ユーザーにサービスを使ってもらう」ことを目的につくられており、この電子レンジも例外ではないのだろう。

だが、Echoをはじめとする他の製品と、「Amazon Basics Microwave」には、また事情の異なる背景がある。

実際に、「安くつくられている」のである。

ネット連携家電というと、我々は「高付加価値な製品」と思いがちだ。しかし、Amazonはその常識をくつがえそうとしている。

Amazonは今回、開発者向けに「Alexa Connect Kit(ACK)」という技術を発表した。じつは、くだんの電子レンジは、このACKを「特に特徴のない、安価な電子レンジ」に組み込むことででき上がっている。

Amazon関係者によれば、ACKはAmazonからメーカーに「数ドル以内」で提供されるという。ACKを組み込むだけで、ふつうの家電がAlexa対応に化ける──これこそが、「Amazon Basics Microwave」が「Amazon Basics」できわめて安価に販売できる秘密なのである。

No image

(「Alexa Connect Kit(ACK)」の開発ボード。非常にコンパクトで、家電に組み込む際のコストも「数ドル以内」に収まるという)

Amazonから家電メーカーへのメッセージ

米Amazonで、「Echo」デバイスの製品開発チームを統括するトニー・リード氏は、「電子レンジをはじめとした家電を売りたい、ということ以上に、家電開発者に見てほしい、という思いがある」と、その開発意図を説明する。要するに、自らをテストケースとして、ACKを使った家電を販売することで、その可能性を全世界の家電メーカーに示すことを目的としているのだ。

ACKは、Wi-FiやBluetoothの接続機能を備えつつ、家庭内のAlexaと連携するための半導体も組み込まれた「オールインワンパッケージ」のつくりになっている。Amazon側が主張するように、これひとつあれば、「Alexa対応家電」を誰でもつくることができるのだ。

No image

(ACKを使ったファンコントロールのデモ。ファンを音声で操作するためのソフトは、たったの「300バイト」しかないという)

じつは、このような「ネット家電開発キット」自体は、決して珍しいものではない。

制御用のワンボードマイコンは多数あり、それらにAlexaやGoogleに使われている「Googleアシスタント」、あるいはアップルの「Siri」やLINEの「Clova」といった音声アシスタントを連携させる開発者向けの情報も出そろいつつある。いまや、個人でも十分に開発ができる時代だ。

たとえば、中国・深圳(シンセン、センは土ヘンに川)などに行けば、「Alexa連携家電」をつくってくれる開発企業は珍しくなく、シンプルな家電であればすでに多数、製品化されている。

Amazonがあえて、新たな自社製開発キットを供給するのは、この流れをさらに加速させることを狙ってのことだ。

フラストレーションから解放せよ!

ACKには、2つの特徴がある。

1つは、Amazonが推奨する「フラストレーション・フリー・セットアップ」が実現できるということ。

増えてきたとはいえ、ネット家電のセットアップは面倒なものだ。Wi-Fiを設定し、Alexaとの連携を実現するところまで、なんのマニュアルも読まずにできる人は少ないだろう。

Amazonはこれを、「Echoの近くで電源を入れるだけ」で可能になるレベルまでシンプル化しようとしている。特別な技術を使うわけではなく、Amazonの個人アカウントに「Wi-FiのSSID(アクセスポイント名)とパスワード」を登録しておき、電源が入った後にEchoから登録情報を取得して、オートマチックに家電機器に転送するプロセスを自動化する。

このしくみは無償公開されるので、Amazonの関連する機器以外にも搭載することができるが、ACKを使えば簡単に搭載できるとなれば、1つの利点になるだろう。

No image

(Amazonはかつて、プラスチック製の開けづらいパッケージを放逐する「フラストレーション・フリー・パッケージ」という方針を成功させている。これと同じことを、ネット家電の設定でも実現しようとしているのだ)

家電のネット連携に必要な命令は「3つ」だけ!?

ACKの2つめの特徴は、「きわめてシンプルである」ということだ。

家電をコントロールするというと、いかにも複雑なことをしているように想像しがちだ。たいていの家電にはボタンがたくさんあるし、動作モードも豊富に用意されている。機器どうしが互いに何かを判別し、協調動作をするための情報もあったほうがいい。

じつはAmazonも、当初はそう考えていたという。

「レゴブロックのように、多数のパーツを用意すべきだろうと考えていた」と、担当者は証言する。

だが、多くの家電開発者の意見を聞いたうえで、Amazonは考え方を180度変更した。「必要なビルディングブロックは3つしかない」と割り切ったのだ。

その3つとは──、「トグルスイッチ」「レンジコントロール」「モード変更」。

トグルスイッチは、電源などのオン/オフのこと。レンジコントロールは、テレビの音量やエアコンの温度設定など、ある範囲での量の調節に用いる。最後のモード変更は、読んで字のごとく、動作モードを切り換える際に使う。

あらためて考えてみると、我々が家庭内で使う家電の主立った操作は、この3つの組み合わせでできている。

先ほどの電子レンジでの「ジャガイモを蒸す」という動作も、「調理モードに変える(モード変更)」「ジャガイモ1個を蒸すのに必要な時間だけ、タイマーを設定する(レンジコントロール)」「加熱をオンにする(トグルスイッチ)」という3動作の組み合わせにすぎない。ACKには、そもそもこれら3つの要素しか組み込まれていないため、機能を実現するために必要なハードウエアはきわめてシンプル、かつ安価なもので事足りる。

しかも、どんな家電でもこれら3つの要素が必要であるため、それらの組み合わせさえつくり上げれば、複雑な機能を搭載していない家電を「高度なネット連動機能をもった、インテリジェントな家電」に変身させることができるのだ。

1990年代の論争を甦らせたAmazon

この話を聞いたある日本の技術者は、「日本のネット家電とは考え方がまったく異なる。まるで、“RISCとCISC”のようだ」と語った。彼が言及したのは、1990年代にCPUの世界で起きた論争のことである。

「RISC」とは、命令数を少数にしぼる一方、命令そのものの実効速度は高速に保つことで、ハード設計の容易さと動作速度の両面が向上できる、という発想を指す。速度面においても半導体開発面においても有利だが、ソフト開発の抽象度が上がりやすく、難易度も上がる傾向にある。

一方の「CISC」はその正反対で、命令数を多数用意し、ソフト開発の難易度を下げる発想だ。人間にはそちらのほうが理解がしやすく(相対的な問題ではあるが)、ソフト開発は確かに楽になりやすい。一方で、半導体が複雑化し、性能向上が難しくなるデメリットがある。

いったいどちらが優位なのか? ──1990年代の熱い議論を経て、結果的に現在は、RISCベースのCPUが生き残っている。

その理由は、CPUに対する命令は「人間が直接書く」のではなく、コンパイラーなどのソフト開発に必須の支援ソフトが代替するようになったからだ。人間は、理解しやすい高級言語で開発し、それをコンパイラーが「翻訳」するかたちに移行したことで、CISCの利点が消滅したのだ。

いまはRISCとよばれるCPUも多数の命令をもつようになったため、CISCとRISCの差は便宜的なものになってしまった。しかし、少なくとも当初の発想として、「シンプルだが高速なものの組み合わせ」対「複雑で速度もコストも劣るが、ソフト開発が容易なもの」の対決があり、前者が勝った、という歴史が残っているのは事実である。

Amazonの戦略が家電市場を変える

ACKのように、シンプルな発想でデジタル家電をつくるには、ソフトウエア上の発想の転換が必要になる。

「ファンの回転数を制御する」だけのシンプルなソフトはすぐにつくれるが、日常の生活シーンに合わせた複雑な動作を実現するには、それ相応の発想力が必要になる。事故対策などの“目に見えない部分”への配慮も必須だ。細かな機能をハード面で実装すれば、家電連携用のソフトはつくりやすい。

だが、Amazonのアプローチなら、ハードウエアのコストを劇的に下げられる。もはや付加価値がないと思われていた「シンプル家電」に、ソフトの力で価値を加えることが十分に可能だ。そして、そのノウハウができ上がって全世界に共有されていけば、開発難度は急速に下がる可能性がある。

そのような開発インフラをつくること、そして、そのインフラを提供することにはコストがかかる。だが、Amazonは自らそこをカバーすることで、「ネット連携家電」を増やそうとしている。ネット連携家電が増えることは、「Alexaの用途」を増やすことにつながるからだ。

Amazonは昨年まで、スマートスピーカーの分野で圧倒的な第一人者だった。

だが、Googleが昨年後半から膨大なマーケティング費を投入してアメリカ市場での巻き返しをはかった結果、2018年の販売数量ではGoogleがAmazonを追い抜いている。この事実が、Amazonにある種のプレッシャーとなってのしかかっているのは間違いない。

単に製品を出すだけでなく、開発環境の強化によって優位を保ちたい──。それが、現在のAmazonが描く戦略なのだ。

そして、その戦略のうえに立ってAmazonが見据えているのはおそらく、すでにハイエンドなネット家電をつくっているメーカーたちではない。低価格な家電を「アイデアとソフトの開発力」で付加価値の高いものに化けさせる発想力をもつ、ベンチャー企業群だろう。

この点を理解したうえで、日本の各家電メーカーは今後の戦略を立てる必要がある。

Amazon社員の「深いひと言」

筆者の印象に強く残ったAmazon社員の言葉がある。

ACKの機能について説明していたときのことだ。彼らは、画面にギターアンプで有名なMarshallの製品を映し出しながら、こう説明した。

「ギターアンプはボリュームの塊だ。では、これをACKでAlexa対応にして、『Alexa、ジミヘンのセッティングにして』といえばどうだろうか?」

No image

(Amazonは、ACKの活用アイデアとして「ギターアンプ」への搭載を示唆した。このような自由な発想に基づく製品開発が、家電の新たな可能性を生み出し、広げていく)

Marshallはすでに、Alexa対応のスマートスピーカーを製品化しているが、Alexa対応のギターアンプはまだ発表していない。したがって、彼らのこの説明はあくまで1つの「例」である。しかし、もしこれが実現すれば、ギターアンプにとって明確な「付加価値」の向上になる。

ACKのようなものを提供することが、こうした新しい付加価値を呼び起こし、やがて家電メーカーの力関係をガラリと変えてしまう可能性がある。日本をはじめとする各家電メーカーは、Amazonが描く家電製品の未来像を真剣に考えるべき時に来ている。

※本記事を執筆した西田宗千佳さんのおすすめ書籍はこちら。

すごい家電 いちばん身近な最先端技術

No image

定価1100円(税別)

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

IT総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
なぜauはグーグル「Pixel 3」を扱わないのか
ドンキで発売開始した3980円のスマートウォッチ『アクティブギア ライフロガー』を買ってみた!
Core i9-9980XEはスゴイの?詳細スペックから検討する第9世代Coreと次期Core Xの価値
動画で振り返る、本日発表されたGoogle新製品まとめ。48秒でワクワクを味わう!
モンブラン新スマートウォッチSnapdragon 3100搭載「SUMMIT 2」発売
  • このエントリーをはてなブックマークに追加