【連載・東京2020】旗手怜央/後編「順大にいけばプロになるきっかけを得られると思った」

【連載・東京2020】旗手怜央/後編「順大にいけばプロになるきっかけを得られると思った」

  • サッカーダイジェストWeb
  • 更新日:2019/07/22
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大学界きってのアタッカーに成長する裏には、強い覚悟と自立心があった。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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同じ大学生でU-22代表でも活躍する上田(法政大)らは刺激を与えてくれる存在。「絶対に負けたくない」と対抗心を燃やす。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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6月のトゥーロン国際大会では決勝に進出し、ブラジルと対戦。強豪国との差を肌で感じた。(C)Getty Images

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目標とするのは磐田の大久保。野性味あふれる感じが魅力だという。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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プロ入りのきっかけを掴んだ大学時代。人としても大きく成長した。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

2020年に開催される東京五輪。本連載では、活躍が期待される注目株の生い立ちや本大会への想いに迫る。

4回目は、力強いドリブルと豪快なシュートが持ち味の、大学屈指のアタッカー旗手怜央が登場。

三重県の強豪チームFC四日市で小学、中学時代を過ごし、高校では名門・静岡学園へと越境入学する。

そして順天堂大へと進学後、世代別の代表にも選ばれ、メキメキとその頭角を現わしてきた。来年には川崎フロンターレへの加入が内定している。大学サッカーの枠を飛び越えて活躍する21歳はどんなサッカー人生を歩んできたのか。後編では、川崎の内定を決めた理由と東京五輪への想いを伝える。また憧れの選手、大学界でしのぎを削る上田綺世と三笘薫についても訊いた。

前編はこちらから
【連載・東京2020】旗手怜央/前編「大学屈指のアタッカーはいかに育ったのか。名門”静学”を選んだ理由」

中編はこちらから
【連載・東京2020】旗手怜央/中編「“静学の10番“を背負えたのは”唯一の能力“があったから」

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――高校サッカーと大学サッカーはどこに感じますか?
「大学サッカーはアマチュアの最高峰のリーグ。ただ上手いだけでなくて、身体が強かったり、足がすごく速かったり、身長が高かったり、そういうポテンシャルがある人がいっぱいいます。高校サッカーとはスピードや質はかなり違いますね」

――静学→順大→プロ入りは、長谷川選手や名古(新太郎)選手という先輩が辿ってきたルート。そうした道標となる選手がいたのも大きかった?
「順大を選んだのも、静学から進学した先輩がほとんどプロになっていたからでもあります。僕もプロになるきっかけを得られると思いました。もちろん、その流れを途切れさせてはいけないという想いもすごくありました。みんな毎年プロになっているので、自分もならないといけない、なんらかの爪痕を残さないといけないなと、強い覚悟は持っていました」
――先輩以外で憧れの選手はいますか?
「ジュビロ(磐田)にいる大久保(嘉人)選手です。独力でゴールを奪うだけじゃなく、味方を使うのも上手い。それに野性味溢れる感じが魅力的ですよね。そんな選手って日本人では少ないじゃないですか。ああいう選手になりたいなと」

――タイプ的には似ているところはありますね。
「背格好も似ているし、そういう意味では色々勉強させてもらっています。ゴールの動画を見たり、あと川崎の練習参加した時に、一度お会いできて、めちゃめちゃ嬉しかったです」

――何か話しました?
「いや、そんな話せませんでした。ただただ見ていて『うわあ、すげえな』って」

――今では川崎への加入が内定しました。他チームからもオファーがあったようですが、なぜ川崎を選んだ?
「それこそ、うまくなりたいからです。フロンターレはJリーグを2連覇していて日本で1番強いチーム。当然ポジション争いも激しいです。僕はこれまで、静学でも順大でも試合に出られないところから始まっている。どうやったら出番を掴めるか打開策を考えて壁を打ち破ってきました。だから今回も、生きるか死ぬか、日本でトップクラスの川崎の競争のなかに飛び込んで、もがいて、スタメンを勝ち取れれれば自分自身の成長につながると思うんです。そうすればA代表にも近づけるはず。そういう想いで決めました」
――中学の時は無名で、高校の時はプロクラブから話が来なかった。しかし今日本トップのクラブチームに加入するまでに成長した。プロ入りが決まった時の喜びは尋常ではなかったはずです。
「もちろん。言葉ではうまく表せないんですけど、とにかくすごく嬉しいです。でも一方で、やっとスタートラインに立てる、ようやくプロの世界で本気でやれる、そういう熱意も生まれています」

――進路の選択で悩んでいる高校生に、アドバイスを送るなら?
「自分はプロの道は分からないので、大学の良さしか話せないですけど、大学は自分と向き合うにはすごくオススメです。自分次第で道を決められるので、人として成長できる環境です。それに、いろんな人と触れ合える。例えば、僕は1年生の時に医学部の子と同部屋でいろんな話が聞けたし、他にも陸上部やバレー部、バスケ部、そういう様々な道の人と出会って、いろんな人の考え、価値観を知れた。もちろん考えが合わない時もあるけど、そういう時にこういう考えの人もいるんだと分かる。

結果的に僕はプロになれたけど、たとえサッカー選手になれなくても、立派な社会人になるための土台が作れたと自負しています。サッカー以外の面で成長を感じられます。一般企業に就職した同期がいますけど、もしかしたら自分よりもすごく世界で活躍するビジネスマンになるかもしれない。僕自身もみんなには負けなくないです」
――同期に負けないためにも、東京五輪は是が非でも出場したい大会のはずです。旗手選手にとってどんな位置づけ?
「世界に注目されるし、自分が生きているなかで、日本で開催される大きな大会は1回あるかないかだと思う。当然出て活躍したいという想いはすごく強いです」

――世代別の代表活動はどうですか?
「楽しいです。この間のトゥーロンもそうでしたけど、刺激に満ち溢れています」

――とはいえ忙しいですよね。U-22代表、順天堂大、ユニバーと旗手選手は3つのチームを掛け持ちしてます。
「きついですけど、自分的には忙しいほうが良いんですよね。そういう忙しい時は、だいたいサッカーの時なので。となると、いろんなところに行って、いろんな経験ができるので、すごく楽しいし充実しているなと感じます」

――国際大会を経験して、世界との差はどういったところに感じますか?
「トゥーロン国際決勝のブラジル戦で、差を今までで一番痛感しました。速いし、強いし、上手い。負けてあれだけ納得できたのは初めてでした。1-1(PK戦で敗れる)でしたけど、点差以上にやられていたし、あのブラジルの試合で世界のレベルを痛感しましたね」
――その差を埋めるために、何が必要?
「これから身体のポテンシャルを伸ばすのはなかなか難しい。走り方とかを変えれば多少は向上しますけど、そんなに急に変わるわけでも、大きく変わるわけでもない。となると、技術の部分。そこが大事になってくる。それこそ川崎なんて止めて蹴る技術が一番高いチームだし、だからこそ、強いんだと思う。そういう個の技術をまず伸ばしていかないといけない。技術は多分何歳になっても落ちないし、いつまでもうまくなれると思う。そこは追求していかないといけない」

――17年に世代別代表に選ばれた当初に比べ、トゥーロン国際ではプレーの幅の広がりを感じました。例えば、チリ戦で岩崎(悠人)選手のゴールにつながったスルーパスは素晴らしかった。自分では、どう感じていますか?
「そう言ってもらえるのは、すごく嬉しいです。順大でFWだけじゃなく昨年は一時期ボランチでも出て、視野の確保の仕方を学びました。大学リーグだとやっぱり自分にマークがつくんですよ。ボールを持てないし、なかなか自分ひとりだけでは打開できないので、判断力がかなり求められます。

だから、少ないタッチでうまく味方を使うプレーは、堀池さんにすごく丁寧に教えてもらっていますし、ボールをもらう前に周りを見ることは練習から意識してやっています。まだまだですけど、大学サッカーで成長させてもらったからこそ、プレーは広がっているし、そういう積み上げがあるからチリ戦のあのスルーパスが出せたと思いますね」

――これまで代表ではシャドーでしたが、トゥーロン国際ではCFもやっていました。試合中にはサイドに大きく開いたり、様々な仕事をこなしていました。
「状況を見て動けるようになってきています。ただチリ戦のCF起用はビックリしましたね。ずっとシャドーで使われていたので、『え、なんで?』って。でも言われたら、やるしかないし、1トップだったらゴールに集中できるな、とポジティブに考えました。自分の良さを出してゴールも奪えたし、味方との連係もうまくいっていたので、まあ良かったんじゃないかなと」
――トゥーロン国際のチームはすごく良い雰囲気でした。コパ・アメリカに参加できなかったメンバーで組まれたチームだったということで、悔しさもあった?
「少なからず感じていました。コパ・アメリカが中心で、トゥーロンに出ているのは東京五輪世代のBチームみたいな言われ方をされて、メディアの注目もコパ・アメリカのほうに引っ張られていました。じゃあトゥーロンがもっと取り上げられるに、僕らが何をしなきゃいけないかって考えたら、やっぱり結果を出し続けないといけないと思った。みんなもそうだったんじゃないかな」

――日本の選手からは、熱さが感じ取れました。
「ギラギラ感をみんな持っていました。第1戦(イングランド戦)の前の紅白戦で僕はレギュラー組には入れず、同じサブ組だった(三笘)薫とか(岩崎)悠人と話して、絶対にスタメン組に勝ってやろうと。チリ戦で出番がきた時にも、絶対にここで実力を見せつけてレギュラーを勝ち獲ってやろうって意気込んでいました。多分その熱意がチーム全体にも浸透したんだと思う。今度はサブになった選手が、出るために奮起した。そういう競争がありました。良いチームというのをピッチ上で表現できたと思います」
――国際大会で決勝に出られた経験は、今後活きてくるはずです。
「世代は違えど、あのブラジルと決勝でできる経験なんて、ほとんどない。A代表で言えば、ワールドカップやコパ・アメリカで勝ち抜かないと体験できないじゃないですか。滅多にできない経験は必ず活きると思うし、つなげるかつなげないかは自分次第だなと思います」

――大学から選ばれている上田(綺世)選手とか三笘選手など、同じ大学生で選ばれる人をどう見ていますか?
「やっぱり意識してしまう存在ですよね。綺世も薫もうまいし、絶対に負けられないなって。綺世や薫が選ばれて、僕が代表に選ばれなかった時もありましたけど、その悔しさは本当に尋常ではないです。チームは違うけど、常に刺激をもらっています」

――最後に改めて東京五輪に意気込みを訊かせてください。
「現時点では本大会のメンバーに入るかはギリギリだと思う。ここからメンバー入りするためには、日々の積み重ねが大事になる。急には上手くならないので、一日一日を大切に過ごさないと。そうした先に五輪が見えてくるはずです」

PROFILE
旗手怜央/はたて・れお/1997年11月21日生まれ、三重県出身。172㌢・70㌔。FC四日市ジュニア―FC四日市―静岡学園高―順天堂大(2020年川崎加入内定)。高校時代には2年次の全国選手権に出場し、チームのベスト8進出に貢献。10番を背負った3年次には全国大会には出場できなかったものの、高校卒業後に順天堂大に入学した。1年次に関東大学サッカーリーグで9ゴールを決めて新人王に輝くと、2年次には全日本大学選抜や世代別代表にも選ばれるようになる。3年次には複数のJクラブの練習に参加し、2020年の川崎への入団が内定した。

取材・文●多田哲平(サッカーダイジェスト編集部)

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