読者の目には絶対触れない、プロの書き手と校閲者の静かなバトル

読者の目には絶対触れない、プロの書き手と校閲者の静かなバトル

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2016/11/30

書き手にとって校閲とは?

いまのクールのドラマでは、新垣結衣と星野源の契約結婚のドラマが面白い。

ただ、私が個人的に楽しみに見ているのは、石原さとみの校閲ドラマだ。『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』。日本テレビ、水曜のドラマ。

No image

毎週水曜よる10時放送(日テレHPより)

河野悦子(石原さとみ)は大手出版社の校閲部に勤務している。その校閲部を舞台にしたドラマである。

校閲、というのは、私たち文章を書く者にとっては常に接する存在だけど、一般にはおそらくあまり馴染みがないだろう。「原稿や文章を、世間に流通する前に、間違いや矛盾を見つけて指摘する仕事」である。

校閲部員が主人公のドラマは見たことがない。

校閲者と著者の関係というのは、少し不思議なところがある。それをしっかり見せてくれている。

* * *

校閲は雑誌にも入るが、物書きとして、校閲と正面きって対峙してると感じるのは、単行本を出すときである。

著者としては、原稿をすべて書き上げ、編集者に渡したときに、終わった、と感じる。

でも、実際は終わっていない。そのあと校閲からチェックが入る。それに目を通さなければいけない。チェックの入らない原稿というのは、おそらく、存在しない。著者が、完成だとおもって渡した原稿に、すごい数の指摘が入っているのを見るのは、少々ハードである。

まったく褒められていない。ただ、間違いと矛盾が指摘されているばかりである。

著者と校閲の人間は、直接、顔を会わせることはない。編集者が介在する。原稿は編集者から校閲に渡り、間違いを指摘した原稿は、編集者を経由して、著者に戻ってくる。

でも、校閲の細かい指摘をすべて読んでいると、著者は校閲者本人と対話している気になってくる。

「10ページ前に書かれた部分と矛盾していますが、いいですか」「同じ表現が続いていますが、いいですか」「さきほどは〝私〟でしたが、ここでは〝わたし〟になっています。統一しなくてよいですか」

そういう声をずっと聞き続けることになる。

あきらかな間違い(漢字の間違い、慣用句の誤用、日本語表現としておかしいところ)の指摘は、とてもありがたい。ただ、細かい部分の指摘は、いや、どうでもいいでしょう、とおもうこともしばしばある。

単行本1冊となると何百ヵ所もの指摘が入っている。

「ご指摘ごもっとも。そのとおり直します」とおもうものが3割くらい、「どっちでもいいことを指摘してるなあ」とおもうのが4割、残りの3割は「いや、何を言われようと原文のまま進めてもらいたい」と断固拒否することになる。つまり7割ほどは、余計な指摘に感じられる。

でも3割の「あきらかな間違いの指摘」はとても重要である。よくよく考えれば、どこまでも著者の味方のはずなのだけれど、でも、校閲のチェックが戻ってくると、身構えてしまう。どこを否定するつもりだ、という気分でチェックを眺めるので、ついつい反発しがちである。

公 vs. 私

私が校閲と衝突するところに「表記の統一」がある。

たとえば一人称。

最初に〝私〟と書いたら、〝私〟以外の表記はすべて指摘される。

語尾も、ですます、と、だである、が混じると指摘されることが多い(私は常に混じっているのであまり指摘されないが)。

私の言い分としては、たとえば〝私〟と〝わたし〟が混在したときに、それぞれ誰を指すかわからないなら統一したほうがいいけれど、〝私〟も〝わたし〟も〝おれっち〟も〝おいら〟も、すべて著者ひとりを指しているとわかるのなら、それはもう、放っておいてくれませんか、ということになる。

おそらく、一人称が変わると混乱する人がいる、というのが指摘する側の理屈だろう。世間の決まりだから、ということでもある。

著者としては、それは形式化した役所的な無意味なルールではないのか、とおもってしまう。我の主張である。言い方を換えれば、ただのわがままにすぎない。

校閲は、ある意味、世間の常識を代表している。広い世間にはこの表記を理解してくれない一定数がいますよ、と言ってくれている。子供のときに親に言われているような気分になる。

だから、大人として考えれば、校閲のいうことに耳を傾けたほうがいいのだ、というのはわかる。他人事としてみれば、そうおもう。

しかし、書いているのは〝私的主張のかたまり〟である。表現も独自なもの、つまり私的なものになっていく。私的な主張を押し通そうとしているとき、公的なところから制限がかかっても、それは邪魔だとおもってしまう。

思考実験をしてみる

自分のことになると、何が正しいのか、あまり冷静な判断ができない、ということでもある。

たとえば、いまの韓国の大統領をめぐる騒動は、公的存在のトップが、公的情報を私的に使っていた(友だちに洩らしていた)、ということが問題の発端である。

私的存在である市民が集結して、大統領退位を求める事態になっている(集結するのは、自分たちが私的な存在だとわかっているからである)。この場合、市民の主張はよくわかる。同意しやすい。

だからこそ、こういうときは大統領側から考えてみる、というのが大人の思考法でもある。私的な市民側の言説はいっぱい出ているし、すぐに想像できるから、公的な立場、上に立った人の考えを探ってみるのだ。

大統領には、あの道しかなかったのではないか。

国民の安寧のためには、国家経営から出てくる利益を、一人の人物に集中させたほうが、より国家のためになったのだ(本当にそうおもっているわけではない。思考のための前段階的仮説である)。

国のトップに立つには〝人の助け〟がいり、助けた人には礼をしなければいけない社会である以上、そしてその礼節がおそらく国の法律よりも上位にあると暗黙の了解があるのなら、トップ周辺に利益を受ける者は必ず存在することになる。だったらそれは一人に集中したほうがいい。それは現実的な対応ではないか(どこまでも仮説です)。

つまり大統領の資質の問題ではなく、政体そのものの問題のようにおもえる。

考えてみると、東アジア周辺国ではアジア古来の統治が主流である。国民が選んだ大統領が治める国はほかにない。中国は易姓革命の伝統に則った〝中国共産党〟という集団(王朝の変形)の支配にあるし(つまり変形王朝支配である)、北朝鮮はわかりやすく父系が統治する王朝で、日本のトップは総理大臣ではなくて天皇陛下だから伝統ある君主国である。

そういうエリアでの大統領制はそもそも無理なのではないか。中国の共産党も、北朝鮮の支配者一家も、そして日本の天皇家もなぜ国を代表しているのか、という説明はなされていない。彼らの存在は法を越えている。少なくとも彼らの存在のあとに法が作られている。

韓国だけが違う。自分たちが選んだのだから、自分たちが辞めさせられると考えるのは当然である。

大統領の横に立ったつもりで一緒にデモを眺める、という不思議な想像をしてみると、正論を感情的に言い続ける人たちの姿は、何やら嫉妬めいて見える。

大統領は一種の擬似的な王である。韓国の者ならその出自にかかわらず、誰でも王になれる。

だから、その地位を私に譲れ、と言ってるように見える(少なくとも私の認める人に代えろとは言っている)。自分が王であってもおかしくないのに、王ではないという無念さによって、より厳しく、広範囲のデモとなる。

激しく抗議するのは、王になれる人たちである(私が王であってもいいのにという感情は、私もああいうふうに周囲に恩恵を与えられたのにという悪の方向ではなく、ふつう、私ならもっと正義として存在できるのに、という善の感情によって強化されている)。

自分に代われという主張は、見ようによっては嫉妬の発露にも見える、ということである。

第三者の言葉を、きちんと聞く

引き下がってみると、そして本来なら味方したくもない大統領の立場から考えてみると、いくつかの新しい視点を持てる。そうやってものを考えれば、少し風通しがよくなるのがわかる。

ただ、これは自分が所属していないよそさんの事情だから、という面がある。

自分のこととなると、なかなかむずかしい。

おもいどおりにならないことも多い。

それがまとまると、社会の閉塞感と言われるようになる。

もともと人は、私的なおもいが通らないと〝閉塞感〟を持つ。

とくに、いまの社会では、消費者であるときに得られる自己の拡大感と、自分が提供側になったとき、つまり働いているときに自分が社会に占めていると感じられるエリアの狭さの差があまりに大きい。

この先、社会での自分の参画エリアが広がるとはおもえないなら、社会そのものの仕組みが変わったほうが得ではないか、と考えての、トランプであり小池百合子なのでしょう。

客観的で冷静な第三者の言葉を、きちんと聞くというのが、文章を書くときでも、国の方針を決めるときでも、反対運動を起こすときでも、おそらく大事なことなのだ。昔から言われていることである。守るのが難しいから、昔から言われ続けているのだろう。

ドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』の魅力は、ひとえに主人公役の石原さとみによるものだ、と私はおもいます。これはどこまでも主観です。あの唇が魅力的です。

No image

私たちはなぜ、いつも「大変!大変!」と言っているのか? もしかしたら、大変なのは、経済や社会や時代ではなく、そういうふうにしか考えられない私たちの頭のほうかもしれない――。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

コラム総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
「この老夫婦、40年前の姿が想像できたら神だと思う...」孫が見たら仰天しそうな写真
【嘘だろ】この美女に「衝撃的な真実」が隠されていると話題に!信じられない
その手があったか!「コンドームエッチ」で気持ち良くなる方法3つ
1万4千円の婚約指輪を店員に笑われ......花嫁の返答が話題に
オシャレな県民ランキング発表! 2位「広島県」1位は?
  • このエントリーをはてなブックマークに追加