「令和の怪物」163km報道に見る〝スピードガン症候群〟

「令和の怪物」163km報道に見る〝スピードガン症候群〟

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  • 更新日:2019/04/29
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夏の甲子園(第101回高校野球選手権大会=8月6日開幕)まで約3カ月半もあるのに、今年もまた早くも〝スピードガン狂騒曲〟が始まっている。いや、球界とマスコミに蔓延する〝スピードガン症候群〟が悪化の一途を辿っている、とでも言ったほうが正確か。

(ADonsky/gettyimages)

大船渡(岩手)の本格派右腕投手、今秋のドラフトの目玉でもある佐々木朗希(ろうき)が、日本やメジャーリーグのスカウトたちの目の前で最高速度163㎞を計測。「高校野球史上最速、プロを含む日本人投手2位の記録」と大評判になっているのだ。

この「記録」が出たのは今月7日、奈良県内のグラウンドで行われた高校日本代表候補研修合宿の2日目だった。U18(18歳以下)のワールドカップ(W杯)出場メンバー選考のための紅白戦で、横浜・内海貴斗へ投じた外角低めへの真っ直ぐが163㎞に到達。

これが、大谷翔平(現ロサンゼルス・エンゼルス)が花巻東(岩手)3年時に記録した160㎞を3㎞上回って「高校最速」。さらにその大谷が日本ハムで16年にマークした165㎞に次ぐ「日本歴代2位」の記録となった、というわけだ。

しかし、ちょっと待った、である。大谷が自己最速記録を出したのは、高校時代の160㎞が2012年岩手県大会準決勝・一関学院戦。日本ハム時代の165㎞が16年パ・リーグCS(クライマックスシリーズ)最終ステージ、ソフトバンク戦の第5戦だ。つまり、どちらも公式戦において、どちらも球場のスピードガンに計測された「公式記録」なのである。

これに対して、佐々木の出した163㎞は、公式戦でないどころか、練習試合ですらない合宿中の紅白戦での数字に過ぎない。しかも、約50人ものスカウトが詰めかけた中、163㎞を計測したのは中日のスカウトが持ってきたスピードガンだけだった。他球団のスピードガンでは160㎞にも届かず、150㎞台後半にとどまっているものも少なくなかったという(それでも、十分速いことは速いのだが)。

ところが、この数字を翌日のスポーツ紙は大々的に報じた。今春のセンバツで151㎞をマークした星稜・奥川恭伸が佐々木の投球を見て、「(彼は)高校生のうちに170キロに到達するんじゃないかと本気で思います」と発言したことも〝163㎞フィーバー〟に拍車をかけた。そうした一連の報道により、佐々木には早くも新元号にちなんだ「令和の怪物」という異名がつけられている。

そこまでなら、何事も大袈裟に報じがちなスポーツマスコミがよくやること、で済ませられるが、NHKまで地上波と衛星放送の定時ニュースで繰り返し伝えていたのには、正直言って驚いた。あくまでも単なる練習で、一スカウトのスピードガンに表示されただけの数字に、公共放送がテレビで何度も報道するほどの意義があるのか、と。

いや、春夏の高校野球を日本全国に生中継しているNHKとしては、「意義」はなくとも「価値」はあると判断したのだろう。今夏の甲子園に大谷を上回る「高校野球史上最速投手」が登場するかもしれない、となれば、大会と中継を盛り上げるには持ってこいの好材料だからだ。

NHKは4月12日、総合テレビ朝7時からのニュース番組『おはよう日本』でも「163㎞」にまつわる裏話を紹介。紅白戦で捕手を務めた中京学院大中京(岐阜)の藤原健斗にインタビューし、佐々木の真っ直ぐがいかに速く、受けた瞬間の衝撃がいかに大きかったかを語らせていた。

そうしたニュースを伝えること自体が悪いとは言わない。野球人口の減少が続いているいま、夏の甲子園が大いに盛り上がるなら、私のようなライターにとっても願ったり叶ったりである。が、マスコミの一連の報道から感じられる〝スピード至上主義〟には、個人的に違和感を覚えるのも確かだ。

高校生とスカウトのスピードガンと言えば、大阪桐蔭の左腕エースだった辻内崇伸を思い出す。彼は3年生だった05年夏の甲子園に出場し、1回戦の春日部共栄(埼玉)戦で158㎞を叩き出したと騒がれた。

ただし、これはネット裏にいたオリックスのスカウトのスピードガンの数字。甲子園の電光掲示板やテレビ中継で表示されたのは、それより6㎞も遅い152㎞だった。スピードガンは機種や計測する角度、手動か自動かによってそれぐらいの誤差が生じるのだ。

投球はスピードがすべてではない

しかし、球界やマスコミでは「158㎞左腕」というイメージが先行して、辻内は05年秋のドラフト会議で1位指名を受けて巨人入り。翌06年、辻内はジャイアンツ球場で行われる二軍のイースタン・リーグ公式戦に登板するたび、速球を投げ込んで150㎞台を連発した。

当時、辻内を取材にきた評論家の中には、「辻内を売り出すために球場のスピードガンを甘くしたのでは」と疑問を唱える元巨人のコーチもいた。が、私を含めて、記者たちはみんなあまり深刻に考えないか、聞こえない振りをしていたように思う。

結果、辻内は1年目で左肘を故障し、2年目には肘の靱帯再建手術、いわゆるトミー・ジョン手術を受ける。その後、いったん復帰したものの真っ直ぐのスピードは130㎞台にまで落ち、一軍で登板する機会はついになく、8年目の13年にユニフォームを脱いだ。

球速と肘の靱帯の故障との間に、どのような因果関係があったのかはわからない。ただ、私が辻内を追いかけていた06年、彼が連日のように周囲の〝スピードガン狂騒曲〟に煽られていたことは間違いなかろう。手術した際には、「肘の靱帯が切れてなくなっていた」と医者に言われたそうだから、どれだけ肘を酷使していたかがわかる。

高校生の場合、このようにスカウトのスピードガンによる数字が独り歩きするケースは枚挙に暇がない。開幕早々の4月11日、広島戦で2年ぶりに勝利を挙げたベテラン、ヤクルト・寺原隼人の高校時代もそうだった。

その最たる例が、寺原が日南学園(宮崎)3年生だった01年夏の甲子園である。1回戦の四日市工(三重)戦での最速記録はニューヨーク・メッツのスカウトのスピードガンで155㎞、甲子園の電光掲示板で151㎞。続く2回戦の玉野光南(岡山)戦ではアトランタ・ブレーブスのスカウトのスピードガンで157.7㎞、テレビ中継で154㎞。マスコミにはもちろん、スカウトのスピードガンが示した数字のほうが大きく取り上げられた。

スカウトよりも球場やテレビ局のスピードガンのほうが信用できる、などと言うつもりはない。例えば、日本ハム・斎藤佑樹が早大4年生だった10年秋のリーグ戦で、神宮球場の電光掲示板は最速151㎞を表示した。これには当の斎藤が「誤作動でしょう」と苦笑いしている。要するに、スピードガンは「絶対に正しい数字」を出せる機械ではないのだ。

誰よりも速いスピードを追い求めることは、確かに野球の夢のひとつである。しかし、広島・北別府学は最高速度140㎞台半ば、平均速度120~130㎞台でも200勝を達成し、殿堂入りを果たした。中日・山本昌広のように、「今年の目標は140㎞出すことです」と言いながら、130㎞そこそこの真っ直ぐ、変化球のキレ、低めへのコントロールで200勝を挙げ、50歳まで現役を続けた投手もいる。

日本最速の165㎞をマークした大谷も肘を故障し、かつての辻内と同じトミー・ジョン手術を受けてリハビリに取り組んでいる。彼が100%回復し、ふたたびメジャーリーグのマウンドに立てるかどうか、現時点ではまだ誰にもわからない。

投球はスピードがすべてではない。直球もまたスピードガンの表示がすべてではない。そもそも野球はスピードガン・コンテストではないのだ。そういうことを、将来ある佐々木たち高校球児は肝に銘じておいてほしい。

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