ゲノム編集技術「クリスパー」が可能にした、危険なトレンド

ゲノム編集技術「クリスパー」が可能にした、危険なトレンド

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2018/05/24
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微生物から動植物まで、あらゆる生物のゲノム(DNA、遺伝子)を自在に改変するゲノム編集技術「クリスパー」。今後、農業、食品、医療、製薬など、私たちの命や暮らしに関わる様々な領域で、21世紀の産業革命を巻き起こすと見られている。

しかしながら、この驚異的なバイオ技術は、過去に類を見ない災厄を引き起こすとの懸念もある。

先週から日本でも公開されている映画『ランペイジ巨獣大乱闘』は、偶然、クリスパーを体内に取り込んだゴリラや狼、ワニなどが巨大化して大暴れする娯楽映画だ。が、一方で、こうした先端バイオ技術の乱用に対する警告という、真面目なメッセージも含んでいる。

この映画はあくまでフィクションだが、現実世界でもクリスパーについて多くの専門家が警鐘を鳴らしている。クリスパーは誰でも短期間のトレーニングで容易に使える技術なので、その乱用が私たちの生命や地球生態系を危険にさらす恐れが出てきたからだ。

「普通の高校生」が遺伝子操作する時代に

1986年に大阪大学の研究チームが発見した「細菌・古細菌固有の奇妙な塩基配列」を基に、米欧の科学者らが「クリスパー(CRISPR Cas9)」を発明したのは2012年(上記映画の中では1993年に発明されたことになっているが、これは事実と異なる)。

以来、この革命的な遺伝子操作技術は「肉量を大幅に増加させた牛や魚」あるいは「癌細胞を効果的に攻撃する免疫療法」など、様々な分野で目覚ましい研究成果を生み出した。その一部は、既に実用化の段階に差し掛かっている。

過去の「遺伝子組み換え技術」に比べ、クリスパーは遺伝子操作の「精度」や「スピード」「汎用性」などの点において桁違いの進化を遂げている。が、これらにも増してクリスパーの最大の長所と見られているのが、この技術の「使い易さ」だ。

1970年代に登場した遺伝子組み換え技術は、生物学や医学などを専攻する大学院生や博士研究員らが、師匠である教授の下で何年もトレーニングを積んで、漸く修得できる難しい技術だった。

これに対して21世紀の技術であるクリスパーは、その発明者の一人であるカリフォルニア大学バークレイ校のジェニファー・ダウドナ教授が「普通の高校生でも数週間でマスターできる」と太鼓判を押すほど簡単な技術だ。

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〔PHOTO〕gettyimages

これにはプラスとマイナスの両側面が考えられる。

まずプラス面は、クリスパーが簡単で修得し易い技術であるが故に、遺伝子操作に関わる科学・技術者のすそ野が広がること。これによってバイオや医療、製薬などの分野で、今後、開発力の大幅な底上げが期待される。

マイナス面は、この技術がまさに「誰にでも使える」ことから生じる危険性だ。実際、米国では普通の高校生が、クリスパーを使って「酵母菌をゲノム編集して緑色に光るビールを作る」「バクテリア(細菌)をゲノム編集して、ヒト型インシュリンを生成させる」といった実験に取り組んでいる。

が、彼らアマチュア科学者が、酵母菌やバクテリアなど扱いに注意を要する微生物を適切に管理できる保証はない。遺伝子改変された微生物が人間の体内に入り込んで危害を及ぼしたり、自然界に混入して天然種と交配し、それによって生態系に悪影響を与える可能性も無いとは言いえないだろう。

バイオ・ハッキングとは何か?

この種の行為は一般に「バイオ・ハッキング」と呼ばれ、ここ数年、米国を中心に勢いを増してきたトレンドだ。

もともと、ハッキングとは「コンピュータ」や「インターネット」など、IT分野でよく見られる行為だ。それには良いケースも悪いケースもあるが、要するに誰かが高度な情報技術を駆使して、コンピュータやインターネットを自由自在に操り、それを楽しんだり、そこから何かを得ようとする行為がハッキングだ。

バイオ・ハッキングとは、こうした行為を(ITではなく)バイオ、つまり様々な生物に対してやることだ。前述の「酵母菌をゲノム編集して光るビールを作る」といった行為がその典型だろう。これが登場してきた背景には、クリスパーのような先端バイオ技術を誰でも手軽に利用できる環境が整ってきたことがある。

一例が「Odin」と呼ばれるウエブ・サイトだ。

http://www.the-odin.com/

ゲノム編集クリスパーの正体は、各種生物の「DNA(ゲノム)」を任意の箇所で切断する「核酸分解酵素」など化学物質を含んだ試液のこと。Odinのようなウエブ・サイトでは、こうしたクリスパー試液やその操作対象となる生物(主にバクテリア)、さらにこれらを扱うためのシャーレや小型遠心分離機など一連の実験器具をキット化して、150~200ドル(2万円前後)程度の手頃な値段で発売している。

このようなサイトからアマチュア科学者らがクリスパー用のDIYキットを購入し、前述のような実験を行っているのだ。

大学に行かなくても先端技術を学べる

一方、彼らのバイオ・ハッキングを側面から支援する教育環境も整備されてきた。米国には以前から「コミュニティ・カレッジ」と呼ばれる地域社会の生涯教育機関が存在するが、彼らは最近、一般市民向けの「生物学」教育に力を入れ始めた。

ニューヨークにある、そうしたコミュニティ・カレッジの一つ「Genspace」では、クリスパーを使ったゲノム編集の手法を学ぶためのクラスを、一般市民向けに400ドルの受講料で提供している。

ただ、このクラスは比較的、上級者向けであるため、その受講条件として「各種実験器具の操作方法」などを予め学んでおく必要がある。

しかしGenspaceでは、そのための初級クラスも受講できるので、結局、地域住民はMITやハーバード大学など(学費の高い)正規の大学に入学せずとも、(学費の安い)コミュニティ・カレッジでクリスパーのような先端バイオ技術をマスターできるのだ。

これは高等教育の機会均等化という点で、基本的には望ましい流れだろう。が、他方でゲノム編集のような「生物のDNA(遺伝子)を操作する技術」が誰でも使えるようになり、それによってバイオ・ハッキングのような(ある意味)過激な行為が広がるのを後押しすることにもなりかねない。

クリスパーで人体実験を敢行!

その危険性を象徴する出来事が昨年10月に起きた。(前述のウエブ・サイト)Odinの創設者兼CEOであるJosiah Zayner氏が自分の身体にクリスパー試液を注射し、これによって自身の筋肉量を増やす実験を敢行したのだ。

Zayner氏自身は以前、NASA(米航空宇宙局)に勤務する生物学者だったので、クリスパーのような先端バイオ技術を安全に扱うために必要な知識は備えているかもしれない。しかし同氏が上記実験を行う様子をユーチューブに公開したため、これを見た高校生らアマチュア科学者が彼の真似をして、同様の人体実験を行うのではないか、と危惧された。

このため同実験が行われた直後、米FDA(食品医薬品局)の長官が自身のツイッターから(主にアマチュア科学者らに向けて)「こんなことは危ないから絶対に真似しないように」と警告を発した。しかしバイオ・ハッカーたちはこれを半ば無視して、その後もOdinのDIYキットなどを使ってゲノム編集の実験を続けている。

一方、自分の身体で人体実験を行ったZayner氏の方は、(自身の筋肉量が増加した様子は見られないものの)クリスパーによる副作用は起きず、健康を害することもなかった。が、アマチュア科学者らが人体実験をすれば危険な事は承知しているらしく、最近、Odinから発売するDIYキットの中に6匹の蛙(カエル)を含めることにした。つまり「人間の代わりに、蛙で我慢してくれ」という意味だ。

しかし遺伝子操作された蛙がぴょんぴょん飛び跳ねて何処かへ逃げ出し、自然界の天然種と交配したらどうなるのだろうか。やはり傍目から見て不安は拭い切れない。

規制の前にコミュニケーションを

このようにFDAの警告を無視して、アマチュア科学者らがバイオ・ハッキングを続けるのは、彼らの行為を禁止する法律や罰則が存在しないからだ。バイオ・ハッキングは以前なら想像すらできなかったトレンドであるだけに、それを規制する法整備が追いついていないのだ。

そうした中、クリスパーのようなゲノム編集技術が、細菌兵器やバイオ・テロなどに悪用されるとの見方も出てきた。

米CIA(中央情報局)は2016年、「世界的脅威の年次評価報告書(Annual Worldwide Threat Assessment Report)」の中で、ゲノム編集技術を「大量破壊兵器」の項目リストに追加した。

恐らく米国のみならず(日本も含め)各国政府は、いずれバイオ・ハッキングの規制を検討せざるを得なくなるだろう。が他方で、その主なツールとなるゲノム編集クリスパーは、私たち人類に空前の繁栄をもたらす潜在能力を秘めている。過度の規制は、この夢の技術を押し潰す恐れがある。

これを防ぐためには、ゲノム編集に取り組む科学者らが現段階から地域社会・住民との誠実なコミュニケーションを心掛け、この技術の豊かな可能性だけでなく(バイオ・ハッキングのような)危険性までも含め、その実態を包み隠さず伝えることが必要になってくるだろう。

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DNAのメス、クリスパーの全貌とインパクトがわかる! 中学生にもわかる、生命科学最前線。

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