平松愛理が毎年恒例ミーティングで何度も涙した理由

平松愛理が毎年恒例ミーティングで何度も涙した理由

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2018/01/14
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ライフワークの「KOBE MEETING」終演後、取材に応じた平松愛理(撮影・村上久美子)

神戸出身のシンガー・ソングライター平松愛理(53)が13日、95年の阪神大震災で被災した故郷を思いライフワークにしている23回目の「KOBE MEETING 2018」を神戸・ジーベックホールで開いた。何度も涙した今年のミーティング。終演後に理由を明らかにした。「消えていった尊い命、私たちは生かされている。楽しいぞって、みんなに思ってもらえるライブにしたい」。

今年のテーマを「仲間」「団結」と言い、平松は、こうあいさつして、今年のミーティングを始め、途中、何度も涙声になりながら約2時間半のステージを完走した。

「ちょっと、涙が…多かったですね」。終演後、照れ笑いしながら振り返った。というのも、昨年春、自作曲「花と太陽」のきっかけになった手紙をくれた中学・高校時代の恩師が亡くなっていた。娘の中学入学を祝って恩師が送ってくれた手紙をもとに、人が人を思う心を描いた楽曲を作り上げた。

「特攻隊員だった先生は、『草野球をしていても、名前を呼ばれたら戦闘機に乗らなきゃいけなかった』って、よく、おっしゃっていた。(震災で亡くなった多くの)命の尊さをあらためて痛感した2017年でした。その思いがあったから、生きている今をみんなで楽しみましょうって提示したかったんです」

特攻隊出身の恩師は講演活動も行っていたため、昨年4月、同級生と講演を聞きに行こうとしたところ、恩師の死を知ったという。

今年のミーティングでは、恒例の阪神大震災復興支援ソング「美(うま)し都」を観客とともに合唱し、ヒット曲「部屋とYシャツと私」は客席も総立ちで聞き入った。昨年まで10年連続、客席にいた恩師の姿はなかったが「どこかにいてくれる」と言い、震災で旧友も亡くした平松は、公演の合間には客席と一体となって黙とうもささげた。

平松は、震災後の97年から神戸で阪神大震災支援ライブを始め、途中、複数回開いた年もあったが、長らく「1・17」に神戸での会合を開催。病気で休業中も今公演だけは欠かさず続けてきた。

震災20年の15年を最後に「1・17」にこだわらない活動へと変遷。来年のミーティングは「1月12日」に行うと発表した。

「いまや、神戸に住んでる方の7割が震災を経験していない。やはり、被災は風化していく。大切な人を思い出し、覚えていると確認する場所は作り続けていきたい」と話していた。

ミーティングの収益金は、あしなが育英会神戸レインボーハウス、東北レインボーハウスなど震災・交通遺児支援施設へ寄付される。

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