ゼロからの価値づくり、一流パティシエが「カカオ豆」にかける思い

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2018/01/15
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ミシュラン二ツ星のフレンチ「エスキス」で、シェフ・パティシエを務める成田一世。世界に通用する究極のチョコレートをつくるため、彼は唯一無二のカカオ豆を求めて、ある島へとわたった。

2017年5月。成田一世(かずとし)は、パプアニューギニア・マヌス州の、電気も水道も通っていない離れ小島にいた。

800以上の部族が暮らし、旧石器時代から時間が止まったかのようなパプアニューギニアは、”地球最後の楽園”などと称される一方で、カカオ豆の産地としても有名である。生産量は、アジア・オセアニア地区ではインドネシアに次いで多い。

マヌス州の本島からボートで2時間のランブーチョ島にわたった成田は、1週間の滞在期間中、発酵槽の中にこもって、およそ600kgのカカオ豆をかき混ぜ、移し替えてはまた元の場所に戻すという作業を毎日行っていた。あまり知られてはいないが、高級なチョコレートはカカオ豆を発酵させてつくられる。成田は自らの手でそれを行っていたのだ。

作業が終わると、島の人と同じく、湧き水で体を洗い、雨水を飲み、バナナや芋を中心とした質素な食事をとり、間借りした民家の一室で雑魚寝する。「カカオ豆の発酵槽に入るパティシエって、僕が初めてだろうな」。真っ赤に日焼けした顔が充足感に満ちていた。

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ゼロから価値をつくるために

イタリアの三ツ星「エノテカ・ピンキオーリ」やモダンフレンチの集大成といわしめた「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」などの名店で、成田はシェフ・パティシエとして美食家たちの舌を満足させてきた。

しかし、あるころから壁に突き当たる。品種改良が進み、調理・調味をしなくても甘くおいしい果物。職人の経験が必要とされず、時間と温度さえ設定すればOKの調理器具。進歩がもたらしたメリットは、図らずも料理人の苦悩と結びついた。「すべてが最先端でお膳立てされている現代だからこそ、その真逆に心引かれた。むしろゼロから価値をつくりたくなったのです」

そこで目をつけたのが、発酵で地域固有の個性を引き出し、健康志向の現代に通用するおいしさを提案できる、チョコレートだった。

ここ数年、カカオ豆を仕入れて焙煎・粉砕するところから板チョコレートになるまでのすべての製造工程をひとつの工房で行う、「Bean to Bar(豆から板へ)」と呼ばれるチョコレートが巷で話題だ。これらは主に指定農園などに発酵方法を指示し、その豆を購入するというスタイルを取っている。またBean to Barならずとも、ミルクや砂糖を控え、なるべく豆の自然な味わいを重視する最近の高級チョコレートは、苦味よりも、酸味の強い味わいや香りの複雑さがトレンドだ。

そのバランスを引き出すためには、香味成分を引き出す”適切な発酵”に加え、菌の種類が重要になる。前述の名店で24年間パンづくりも担当し、発酵に精通していた成田はこう考えた。

「カカオ豆の発酵には、どんな常在菌がいるかがカギだ。手つかずの環境が保たれているパプアニューギニアであれば、古代のものに近い常在菌がいるに違いない」

そもそもチョコレートに関心がなかった成田を変えたのは、「原生のカカオというピュアな素材を収穫してバナナの皮に包んで発酵させる」という原始的な生産過程だ。原生種の菌とカカオ豆を使い、誰も食べたことのない品質の高い豆をつくろう。そのためにも適切な発酵の工程をしっかりとカカオ農家に伝えよう。そう考えた成田は15年、カカオ農場の視察兼発酵方法の伝授のためにパプアニューギニアのマヌス本島を訪れる。

とはいえ、太古の文化が残る国での「価値づくり」は、そう簡単ではない。東京やニューヨークのような都会と違って、島には「必要以上のものをつくって売る」という発想が存在しないからだ。

そんな島の現状を変えようと試みる人物がいる。政府が設立したカカオ豆などの研究機関「Papua New Guinea Cocoa coconut Institute. Ltd」のカナ・ポールだ。マヌス本島で生まれ育ったポールは、EUの奨学金を受けて英国の大学で教育を受けたエリートだが、「故郷を豊かにするのが、高等教育を受けることができた自分の使命」という思いを抱いて戻ってきた。

例えば、ランブーチョ島には病院がなく、学校も8年生(中学2年生相当)までしかない。医療や高等教育を受けるためには、どうしても現金が必要だ。そこでポールは「ラパトナ・プロジェクト」を立ち上げる。ラパトナとはランブーチョ島を中心とするラパトナ諸島のこと。その諸島で育てているカカオに、収穫が簡単な低木となるよう品種改良を行った交配種をクローンとして接木し、20年までの5年計画で収穫量を5倍に増産する、という計画である。

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勝算はある。16年、カカオ豆の一大産地である西アフリカの天候不順により、価格が平常時の1.5倍に跳ね上がった。経済成長を続ける中国やインドの消費の拡大も価格高騰をさらに助長。アメリカのチョコレートメーカーであるマース社は、「20年にはカカオ豆の消費量に対し、生産量が100万トン不足する」と発表した。いわゆるカカオ不足による「2020年問題」だ。

だが、島民からは「大量にカカオをつくったとして、そもそもそれが売れるのか」と疑問視する声も上がった。実際、彼らには苦い経験がある。ランブーチョ島は生産量が少ないため、めったに大口の注文が来ない。一度大手メーカーから大規模な発注があったものの、島中のカカオ豆を集めてマヌス本島に届けたら、輸出用の船はすでに出航したあとで、一銭の収入にもならなかったのだ。

プロジェクトはラパトナ諸島の村人が協力し合わないと意味がない。途方に暮れていたポールが出会ったのが、マヌス本島に来ていた成田だった。ポールはプロジェクトの詳細を説明し、「次回はラパトナ諸島に来てもらえないか」と誘った。州屈指の良質なカカオ豆を実際に目で見てもらうのと同時に、「有名シェフからの引き合いがある」と村人を説得しようという算段もあった。

成田の招聘が決まると、自治体側も積極的にポールに協力。ラパトナ諸島の首長パトリック・パレックは自らボートの舵を取って成田を本島まで出迎え、民族舞踊グループの祝いの舞で歓迎した。島随一の集会場にはカカオ農家100人近くが集まり、盛大なセレモニーが行われた。「前回(マヌス本島)とは、島の人の本気度が違う」と成田は心底驚いた。

翌日、ランブーチョ島の発酵槽には島中から大量のカカオ豆が集まり、「発酵の手順を教わりたい」と多くの村人がやってきて、成田が行う工程を固唾をのんで見守った。大人だけではない、学校を終えたカカオ農家の子どもたちが鈴なりになって発酵の様子を見物に来る。ひときわ熱心に眺めているカカオ農家の娘・マーシャ(14歳)は「島の学校を卒業したら、両親のカカオ栽培を手伝うの。学費を稼げたら大学に入って、環境学を学びたいんだ」と夢を語った。プロジェクトの成否は、子どもたちの夢の実現にも関わっているのだ。

発酵デモンストレーションの最終日、成田は集まった村の政治家やカカオ農家に、あえて厳しく声をかけた。「最初から大量のオーダーが来るとは限らないが、発酵はカカオ農家の仕事の一部という意識を持ってほしい」

ランブーチョ島で育てられているのは、中南米原産の高級品種のクリオロ種に、丈夫で収穫量も多いフォラステロ種を交配したトリニタリオ種の独自品種だ。クリオロ種由来の香味を持つ高級品種で豆の品質も良いが、古くからの産地でないため知名度が低く、交通の便も悪いため、大量生産のチョコレートバー用の原料として1kg数百円という価格でしか評価されない。それを「発酵」という魔法で、世界と戦える豆にしようというわけだ。

「今回は買う。だが、追加発注した際にちゃんと発酵できていなければ、もう買うことはない」。成田はもう一度、集まった村人たちを見回した。「逆に、いまよりさらに品質が上がれば、もっと高い価格で買おう」

その夜、ラパトナ諸島の村会議員であるスティーブン・ラピープは成田が寝泊まりする宿泊所を訪ね、「ラパトナ諸島の首長パレックの許可を得て、希望するカカオ農家全員に自治体の負担で発酵トレーニングを無料で行うことを決定しました」と告げた。成田の言動が、変わらないとされた島の人たちの心を劇的に動かしたのだった。

デザートにも健康対策が必要とされる時代

健康志向から、ノーカーボ、ノンシュガーの食生活を選ぶ人もいる時代。今後は「おいしさ」は大前提として、薬膳のように予防医学的な健康対策という視点もデザートには必要になるだろう。その視点から見ると、ランブーチョ島のカカオポリフェノールを多く含むトリニタリオ種は多くの人に選ばれるはずだと成田は考えていた。

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パプアニューギニアのカカオ豆が使われているデザートの数々。右上の写真は、デザート専門店「エスキス・サンク」の店内の様子。

「育てやすいトリニタリオ種のカカオ豆に発酵の技術を加えることで、高品質のカカオ豆を生み出せることが広く認知され、安定的に高値で取引をされていけば、2020年問題の原因といわれる収益の高い作物への転作やカカオの耕作放棄に一石を投じられるかもしれない。ひいてはカカオ豆不足にも一定のストップがかかることになるのではないでしょうか」

新しいカカオ豆を使ったチョコレートは、現在シェフ・パティシエを務める3店のデザートに使われている。また、10月28日にはパリのサロンデュショコラで発表されるチョコレート・コンテスト「CCC(Club des Croqueurs de Chocolat)」で銀タブレット(銀賞)を受賞。太古の自然が息づくランブーチョ島のカカオ豆がチョコレートの本場フランスで「新しい価値」として受け入れられた。成田の熱き闘いにこれからも目が離せない。

成田一世◎1967年、青森県生まれ。パリの「ステラ・マリス」、フィレンツェの「エノテカ・ピンキオーリ」、NYの「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」など星付きレストランでシェフ・パティシエを務める。2012年に帰国し、銀座「エスキス」のシェフ・パティシエに。17年の「アジアのベストレストラン50」で、個人賞部門「アジアベストパティシエ賞」を受賞。

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