古豪高松商の復活で、新たな動きだが、尽誠学園に英明、寒川、香川西という構図

古豪高松商の復活で、新たな動きだが、尽誠学園に英明、寒川、香川西という構図

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  • 更新日:2018/06/14

2016年選抜で古豪復活を果たした高松商

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2016年の選抜甲子園で高松商が準優勝に輝いたことは記憶に新しい

高松商が2016(平成28)年春に復活して、古くからの高校野球ファンは大いに喜んだ。その歴史は、現在のセンバツ高校野球の前身で1924(大正13)年4月1日に始まった第1回選抜中等学校野球大会を制したところから始まる。この年の夏、松山で行われた四国大会では敗退するが、その帰途で当時の志摩定一三塁手が倒れ他界する。「俺は死んでも魂が高松商の三塁を守る」の言葉を残した。以来、高松商は試合の際に最初に守りに着くときに三塁ベースに集合して円陣を組み、三塁手が清め水をベースに吹き付ける儀式が定着した。これは“志摩供養”と言われ、これは甲子園に出場した際にも行われていたが、その後は「宗教的な感じがする」などの理由で甲子園では中止となった。

このことでもわかるように、高松商は古い歴史を背負っている。学校は明治年間に香川商として創立され、その後に高松商となる。もちろん野球部も輝かしい歴史と伝統があり、OBも古くは宮武三郎、水原茂など並み居る偉人が多い。

ただ、このところは低迷気味で、平成に入ってからは春に2度、夏は1度のみの甲子園出場しかなかった。オールドファンにとってはやや寂しい結果となっていた。それが15年の秋季四国大会を制し、その秋の明治神宮大会も優勝して、改めて「古豪高松商復活」をアピールした。これが、翌春の準優勝にも近づいた。17年秋も、四国大会ベスト4に進出している。
水原茂以前から慶応義塾大へのルートも強く、野球以外の付加価値という点でも、伝統校としての重みはさらに大きい。また、野球ということに関してもとくに戦前から続いた“四国4商”の中でも歴史の重さは一番といえる存在である。

その高松商のライバルとして存在していたのが高松一だ。本来ならば、伝統の商業校に対しては、旧制中学系の名門校という図式があって、それでいくと高松中が前身となっている高松高ということになるはずである。その高松は05年春に21世紀枠代表で1934(昭和9)年以来の甲子園出場を果たしている。また、市立の高松一は1949(昭和24)年に1年生の怪童中西太が三塁を守って甲子園に出場。中西が3年生となった51年夏にはベスト4に進出して、香川は高松商だけではないということを強烈にアピールした。

尽誠学園が強豪校として定着し近年は私学勢力が一気に台頭

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「尽誠」の文字のユニホームはすっかり全国のファンに定着した

時代の流れの中では、伝統校がもう一つ伸び悩み出した80年代後半になって、俄然元気がよくなってきたのが尽誠学園だ。いわば香川といえば尽誠学園というくらいに「尽」マークの帽子と胸に力強く「尽誠」の文字のユニホームはすっかり全国のファンに定着した。最初に甲子園に登場したのは1983(昭和58)年だった。学校の歴史は古く、前身の忠誠塾は明治時代に創設されている。野球部が本格的に強くなったのは大河賢二郎監督が就任してからだ。
一躍有名になったのは、伊良部秀輝(ロッテ→MLB→阪神)がエースとして登場して鈴木 健らのいた浦和学院を倒したときだ。その球のスピードもさることながら、体も大きいが態度もデカイということで話題になった。当時、尽誠学園はきかん坊が多いという評判でもあり、伝統校として人気のある高松商などとは対極的な存在にもなっていた。それでも、谷佳知が3番にいた89年と、94年とベスト4に残ることによって、「尽誠学園強し」を印象づけた。大阪出身の選手も多く一見、野球留学というイメージだが、考えようによっては海を挟んでいるとはいえ、隣県からきているだけのことでもあった。

尽誠学園の台頭で明らかに香川県の勢力地図に異変が起きたが、高松商高松一以外の伝統校も間隙を縫って頑張っていた。古くから対抗意識が高く丸亀の早慶戦といわれた丸亀と丸亀商もそうだ。00年には丸亀は春夏連続して甲子園に出場して健在ぶりを示した。丸亀商は普通科の設置で校名が丸亀城西となったものの、伝統は引き継がれている。
商業校の普通科設置による校名変更としては、志度商志度高に、観音寺商が観音寺中央となっている。観音寺中央は1995(平成7)年に久保尚志投手(中央大→鷺宮製作所)を擁して春の初出場初優勝は鮮やかだった。さらに、プレッシャーの中、夏も甲子園に登場したのは立派だった。しかも、宇都宮学園(現:文星芸大附)を倒し、春の優勝がフロックではなかったということをアピールしている。

四国4県の中では、観音寺中央の活躍以来、やや元気のない香川県勢ではあるが、05年春には91年の尽誠学園坂出商以来の2校選出があった。しかも一つは21世紀枠で72年ぶりに代表権を得た高松だった。折りしも前年のドラフトでは同校出身の松家卓弘が東大からドラフト指名を受けて横浜入りしていただけに、高松関係者としては、久々に嬉しい野球ニュースの連続だった。当時存在した希望枠で選出された三本松とともに、新しい香川県野球に息吹を吹き込む存在となった。
なお、香川県からの2校選出としてはその後に16年の高松商と21世紀枠代表校としての小豆島があった。もっとも小豆島はその後、土庄と統合されて小松島中央となった。

香川県の勢力構図としては、03年夏に香川西が出場し、09年夏には藤井学園寒川が初出場、翌年には英明が続いて、香川県にも尽誠学園以外の新しい私学勢力が一気に台頭してきたことを示し始めた。11年春は香川西、夏は英明。12年夏は香川西。こうして、勢力構図が大きく変わろうとして来ていた中で、高松商の復活は、13年夏の丸亀、14年夏の坂出商の復活とともに、また新たな刺激となっていくのではないだろうか。17年夏には三本松が24年ぶり3回目の出場。公立校も健闘している。

(文:手束 仁

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