ホークスのプレーオフ・CS〈4〉呪いは昔話 さあここ7年4度の日本Sへ

ホークスのプレーオフ・CS〈4〉呪いは昔話 さあここ7年4度の日本Sへ

  • 西日本スポーツ
  • 更新日:2017/10/12
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ソフトバンク工藤監督(左)はCS敗退後、日本ハム栗山監督と握手し健闘をたたえ合う=札幌ドーム、2016年10月16日

【ホークスのプレーオフ・CS〈4〉】

2011年のソフトバンクはリーグ戦、交流戦と全11球団に勝ち越す「完全優勝」を果たした。ただ、過去6度のプレーオフ、CS全て敗退という、偶然の積み重ねとは割り切りにくい事実もある。そのことを意識せずに臨む方が、もはや不自然だった。

東日本大震災の影響でレギュラーシーズン開幕が遅れたのに伴い、クライマックスシリーズ(CS)の時期も約2週間遅れ、ファイナルステージは11月3日に始まった。

ふたを開けてみれば、第1戦からソフトバンクナインに妙な硬さはなかった。横浜からFA移籍1年目で、優勝の立役者となった3番内川が3回、2点三塁打を放ち先制。6回には7番多村がボテボテの三ゴロで一塁にヘッドスライディングした。これが内野安打となる間に、40歳になった二塁ランナーの小久保主将も好走塁で生還。初戦白星は、ダイエー時代04年のプレーオフ以来で、ソフトバンクとなってからは初めてだった。

この試合中にセットアッパーのファルケンボーグが左足首を痛めるアクシデントも、チームは跳ね返す。第2戦はこの年から先発転向した摂津が粘るうち、6回に松田が岸からソロを放つなどして逆転。8回には右膝蓋(しつがい)骨の骨折が癒えきらない代打松中が、牧田に満塁弾を見舞って勝負あった。

迎えた第3戦は究極の投手戦となった。杉内、涌井の両先発が譲らず、9回を終え0-0。ともに続投した延長10回、まずマウンドへ向かった杉内を酷な結果が待つ。1死から中村、フェルナンデスの連続二塁打で先制され、無念の降板。マウンド上で両膝に手をつき、あふれた悔し涙はベンチでも止まらなかった。

その裏、ソフトバンクは2死二塁で長谷川が打席に入る。追い込まれてから際どいコースを見極め、フルカウント。スライダーを捉え、起死回生の同点二塁打とした。ここで降板となった涌井も、涙とともにベンチへ。偶然にも、ともに127球での降板だった。

12回表、馬原が西武打線を無得点に抑え、負けがなくなったことで初のCS突破は決まった。ここで松中がベンチを飛び出し、周囲に呼び戻される。セでは13年、パでも15年から、こうした場合に試合を打ち切ることになったが、当時は続行する決まりだったのだ。裏の攻撃で殊勲の長谷川がもう一仕事。サヨナラ中前打で、呪縛からの解放を印象づけた。

初のCS突破を果たし、8年ぶりの日本一も達成したチームは、一つのピークにあった。オフに和田、川崎が海外FAで海を渡り、杉内が国内FAで巨人へ移籍。生え抜きの投打の軸ばかりでなく、19勝のホールトンも巨人へ移った。小久保の現役最終年となった翌12年は3位。ファイナルステージへ進出したが、前年と逆の3連敗で敗退した。13年は5年ぶりのBクラス、4位に沈む。

もっとも、その後のCSで悲劇を繰り返すことはない。秋山監督の最終年となった14年は第6戦まで持ち込まれながら、夏場から神懸かり的な投球を続ける大隣の好投に野手陣が応え、日本ハムを振り切った。工藤監督が就任した翌15年もリーグ連覇を果たし、CSファイナルステージへ。内川が3戦連続V打の離れ業を演じ、短期決戦で過去3度とも屈した宿敵ロッテに3連勝。このステージ中の守備で左肋骨(ろっこつ)を折っていた内川を欠きながら、連続日本一まで駆け上がる。

大失速で2位となった16年は、CSファイナルステージまでたどり着くも、二刀流・大谷を擁する日本ハムに第5戦で屈した。日本一も奪われ、雪辱を期した今年は、独走でリーグの覇権を奪回。再び王者としてCSに臨む。レギュラーシーズンの勝率1位で臨んだ年はプレーオフも含め04、05、10年と辛酸をなめたが、11年以降は3度とも突破。今季はここ7年で4度目となる日本シリーズを目指す。

(おわり)

=2017/10/12 西日本スポーツ=

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