北斎の「幻の浮世絵」いつ、どこで、どう描かれた?

北斎の「幻の浮世絵」いつ、どこで、どう描かれた?

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/09/16
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書きたいことがあっての資料

「そういった目で探すと見つかる」とはよく言ったものである。

この8月に日の目をみた『浮世絵細見』で取り上げたものの半ばは、そういった目で探し、見つけたものを集め、考察し、綴ったものだ。

私はその本の「はじめに」で、「本書は、多くの人に、浮世絵を読む楽しさを味わってほしいという思いで書いた」と書いたが、それは一面であり、白状すれば、書きたいことを書いたのである。

「読む楽しさ」のスタートは、これはなぜなんだろう、こういうことが解れば面白い、という、疑問と想像力である。それは、「そういうものがないだろうか」という目で資料を探すという行為に繫がる。本書の第三章「どこまでが浮世絵か」の第一節から第三節のほとんどは、そういった目で探した資料に基づいて書いたものである。

そうしたら、本書の校了間際に、今まで見たことのない葛飾北斎の特製用箋が目の前に現れた。

第三章第三節「絵半切的絵本、絵入折手本、特製用箋」に関係する、掲載図を含む6枚の用箋である。各19・6╳21・2cm。上質の奉書紙で、色紙判摺物の大きさ、簀の糸目は縦に入っている。

各図、左右中央に強い折れ跡が認められるので、二つ折りになっていたことは確実である。不思議なのは、六図中三図は紙を継いでいることで、そのうちの二図はほぼ中央で継いでいるので、継いでから図様を摺ったことになる。紙を無駄にしないための措置と考えられるが、大画面のものならともかく、売り物の錦絵でも配り物の摺物でも普通はそこまではしない。

右辺の栞形枠には、それぞれ「家立□」「立木社」「日野蕪」「多賀詣」「水口細工」「義仲寺」と記されているが、それらは不明の一点を除いて、近江(滋賀県)の名所・名産ということで統一されている。

栞形枠の下にはそれぞれ「四十二ゝ」「四十三ゝ」「四十四ゝ」「四十五点」「四十六ゝ」「五十三ゝ」とあるが、それらは点取り俳諧における点数である(点取り俳諧とは、点者(宗匠)に点をつけてもらい、その多寡を競う遊び)。

絵は、「立木社」が、立ち木の洞の社と鳥居と藤花というように、題名と関連するものが描かれている。そして、右上に、「北斎筆」の署名と「葛飾」の印、左に、墨で書かれた発句様のものが二句あり、句の肩の位置に「価千金」の長方印が捺されているという次第である。

本当に北斎の浮世絵か?

子細に観察すると、題名・点数と絵は摺ったもの(多色摺の錦絵)、「北斎筆」と「葛飾」と「価千金」は印章ということが分かる。したがって、題名・点数と絵を摺ったものに、「北斎筆」と「葛飾」の印を捺し、発句などの二句を墨で書き入れ、「価千金」の印を捺したということになる。「価千金」は点印(点数を表す印、何点に相当するかは不明)とみて間違いない。

この六枚の摺物(非売品の配り物)の正体を、推定を交えて考察すると、ある俳諧の宗匠が、自分専用の点数入り摺物に、北斎の署名・印章を捺し、清書した発句を二句書き入れて点印を捺し、門弟に与えたもの(いわゆる景品)ということになるであろうか。

私の専門外の点取り俳諧の実態はしばらく措くとして、最も興味があるのは、この摺物は、一宗匠が自分専用に作らせた特製用箋なのか、それとも半既製品(たとえば、絵だけ摺られたもの)に自身の点印と点数を加えた特製用箋なのか、ということ、そして描いたのが本当に北斎なのかということである。

前者についていえば、近江の名所・名産という特殊な画題なので、一宗匠専用の特製用箋の可能性が高い。一図につき百枚単位、それを数十図も注文して引き取れば、数千から場合によっては万を超す枚数になるが、宗匠としての必要経費とすれば、考えられなくもないのかなと思う。

後者についていえば、北斎の署名と印を印章とせずに、版刻して摺ってしまえば、押印する手間が省けるが、摺物には往々にして印が用いられるので、不審とまではいえない。それに六図は、北斎筆として受容できる様式であると思われる。

ここで、思い起こすのは、第三章第三節で、図だけをあげて説明を省いた、北斎筆の絵半切的絵本『徒然草』一帖である。絵半切的絵本とは、画帖や巻子など、絵本の体裁でありながら、その上に墨で文字が書かれることを想定して制作されたと思われるものをいう。

『徒然草』は、「画狂人北斎」という表記と画風から、享和(1801~1840)から文化(1804~1818)初め頃の制作と推定されるものであるが、この六図もそれとほぼ同じ頃の制作と推定できるのである。

ただやはり、六図とも瀟洒な作品だけに、本当に北斎が描いたのかという疑いは残る。実は、第三章第二節で述べた絵半切(版画入り便箋)や、第三節の絵半切的絵本、絵入折手本(寺子屋で子どもが手本として用いる折本のうち版画入りのもの)や特製用箋の、ほとんどのものには絵師名の記載がない。記載があるのは特殊なもの、または、絵師が著名なものに限られる。

ということは、著名な絵師の名を記した贋作もあるということになる。そういう目で見れば、署名が「北斎筆」で、印章が「葛飾」となっているのは、ちょっと出来過ぎといえなくもない。万が一、この六図が北斎自身の作画でないとしても、江戸時代に作られた特製用箋であることは動かない。

ともあれこの六図が、当時の宗匠(俳諧、雑俳、地口など)が、評点を付与し、門弟に贈与するために、点印や点数入りの絵入り特製用箋を作ることが広く行われていたことを示す興味深い資料であることは疑いない。

となると、第三章第三節で採り上げた、雲臥画『雑画集』十六枚(ティコティン日本美術館蔵)と、無款の『七福神世渡り図巻』二枚(たばこと塩の博物館蔵)も、そういった特製用箋であったと考えるのが自然である。

そのような用箋の制作には、当然ながら版元や彫師・摺師などが関与していたはずで、注文を受けて制作していた、あるいは、見本などを提示して注文を取っていた可能性も浮上する。

また、そのような特製用箋と、絵半切的絵本とは、一枚物であるか、巻子・帖装であるかの違いだけで、本質的な役割は同じなので、それらは一緒に扱わなければならないということになる。

そのようなわけで、私は今、浮世絵の奥深さ、もっというならば、江戸の文化の奥深さを今更のように実感している。

『浮世絵細見』は、題名のとおり、浮世絵に奥深く分け入って、その意味するところを読み取ったらどういうことが分かるかを説いた、推理小説もどきの読み物である。私も楽しんで書いたので、一人でも多くの人に、楽しみながら読んでほしいと願っている。

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読書人の雑誌「本」2017年9月号より

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