『君の名は。』が現実に?隕石落下で湧く中国の秘境シャングリラを歩く

『君の名は。』が現実に?隕石落下で湧く中国の秘境シャングリラを歩く

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/11/14
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そこはアジア最後の秘境

突然ですが、皆さんは「シャングリラ(理想郷)」という名の街が中国で実際に存在することをご存知でしょうか。

この言葉はもともと、英国人作家ジェームズ・ヒルトンの冒険小説『失われた地平線』(1933年初刊)に登場する架空の土地の名前。小説の主人公コンウェイは、チべット奥地の秘境シャングリラに不時着し逗留するが、そこの住民たちは皆300年近い長寿だったーーそんなお話です。香港に本拠をおく高級ホテル「シャングリ・ラ・ホテルズ」の名前も、ここから取られたそうです。

中国・雲南省の西北端に、香格里拉(以下シャングリラと表記)県が誕生したのは2001年のこと。やはりヒルトンの小説にあやかってのネーミングで、2014年に市政へと移行し、現在はシャングリラ市と呼ばれています。

この地が今秋、一躍脚光を浴びました。きっかけは10月4日、近隣で「巨大な火の玉が飛ぶのを見た」との目撃情報が相次いだことです。

周知の通り、中国ではGoogleはおろかYouTubeも閲覧できませんが、ネット上には記事のみならず動画も複数アップロードされています。これを見る限り、隕石はかなり大きかったようです。

隕石が落下した10月4日午後9時ごろは、中国でも公開され大ヒットとなった映画『君の名は。』の劇中で隕石が落下した日付・時間帯と、偶然にも一致。そのことも中国では大きな話題となりました。

筆者はおよそ30年の間、中国奥地での動植物の撮影・調査に携わっています。中でもこのシャングリラ周辺は、他の地域では見ることのできない魅力的な生物相を持っており、メインフィールドの一つとして通いつめてきました。

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シャングリラ市郊外の牧草地帯(写真は全て筆者撮影)

シャングリラ一帯は、アジアの4大河(黄河、長江、メコン川、サルウィン川)の上流域であり(「三江併流」として世界遺産に登録されています)、さらに雲南北部-四川西部-チベット東部に至る「大シャングリラ」地域からは、8つもの大河が源を発し、アジアのほぼ全域を覆い尽くしています。まさに「アジアの母」ともいうべき場所なのです。

筆者の専門である生物地理学においても、シャングリラにはアジア各地の在来生物(日本固有種を含む)の祖先形質を残した種が数多く棲息し、特に蝶の分野では、筆者が約100年ぶりに棲息を確認した種や、初めて生態写真を撮影した種も少なからずあります。

筆者はたまたま、10月下旬に中国での拠点のひとつである広東省の地方都市・紹関市に渡り(中国へは今年7回目の渡航)、生物の撮影・調査を行う予定でした。しかし、シャングリラ近郊に落ちたという隕石の落下地点は特定されておらず、また日本はもちろん中国のマスコミも含めて、現地取材に入っている人はほとんどいない様子。それならば、調査のついでに隕石のことも調べてみようと思い立ちました。

いざ、シャングリラへ

とはいえ、シャングリラの位置する迪慶蔵族(デチェン・チベット族)自治州の面積は2万3870平方㎞、人口は36万人(ちなみに日本の四国は面積1万8300平方km、人口は約400万人)で、市街地以外は恐ろしいほどの人口過疎地域です。そう簡単に見つけられるとも思えません。

シャングリラへは、深圳(シンセン)を経由して空路で渡りました。筆者は基本的にどこでも薄着です。10月中旬でも気温30度近い深圳では、短パンとTシャツ一枚にサンダル履きでも問題なかったのですが、シャングリラの気温はすでに10度を下回っていました。

薄着では凍えるし、また隕石落下で当局が厳しい警戒態勢を敷いている可能性も高いので、あまりラフな格好だと怪しまれるかもしれません。そこで深圳のディスカウントショップ(日本で言えばドン・キホーテみたいなもの)で長ズボンとシャツを各2セット購入。ついでに、伸びていた髪もほとんど丸坊主に散髪しました。

現地で調査に協力してくれている中国人が事前にリサーチしてくれた情報によると、隕石の落下地点は、険しい雪山が集中する「シャングリラ大峡谷」のあたりと考えられるとのこと。とりあえず、そこを目指すしかなさそうです。

筆者はシャングリラをこれまで何十回と訪れていますが、初めて訪れた20年ほど前に比べれば、街は見違えるばかりの大都市に変貌しています。といっても高層ビルはほとんどなく、その発展は「漢民族が支配するチベット文化圏」に特有のもので、チベット独特の建築様式を残しながらも、中国的な近代都市へと変貌しつつあります。

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シャングリラ市街地へ向かう

今も昔も変わらないのは、町中に溢れるパトカー・武装車両の多さ。一般の車両よりもパトカーのほうが多いのではないか、と言っても大袈裟ではないほどです。もちろん、チベット民族やウイグル民族に対する監視が目的でしょう。

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市内中心部。チベット風の独特な建築が目を引く

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巨大な仏塔型建築物

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迪慶(デチェン)チベット族文化広場

今回シャングリラで宿泊したホテル(一泊80元=約1350円)は、シャングリラで最もよく知られた観光地となっている古城「独克宗古城(ドコゾグチャン)」の入り口近くのホテルでした。

余談ながらこの古城、もともと非常に小規模だったのですが、同じ雲南省で大人気の観光地「麗江古城」に追いつき追い越せと、この10年ほど必死で「新築の古城」を築いてきた経緯があります。しかし、ようやくサマになってきた矢先の2014年正月に、大火で全焼してしまいました。筆者が同年夏にシャングリラを訪れた際には、城だけでなく市内中心部が一面焼け野原で、「この街は終わった」と思ったほどでした。

しかし驚くべきことに、わずか3年弱で街は大火の前と同レベルに復興、「古城」にいたってはむしろ以前よりも精巧に再現されているのです。少なくとも観光客レベルでは、この古めかしい城が、急ピッチで再建されたものだとは判別できないでしょう。

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独克宗古城とその麓の広場

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再建された観光エリア。欧米人観光客の姿も

聞き込みをしてみたものの…

食事がてら原稿を書くために、市内の中国フライドチキン店「徳克士(ディコス)」に立ち寄りました。近年中国で急成長しているディコスは、お店もマクドナルドやケンタッキー・フライドチキンより広くて活気があり、ハンバーガーなどのメニューも豊富です。ただ、どれもけっこう高額で、カレーライスは30元(およそ500円)。中国奥地といえども、食べ物の値段はいまや日本とそんなに変わりません。

その後、街で早速数人に聞き込みをしてみたものの、隕石の正確な落下地点については判然としません。情報が錯綜しているらしく、答えようとしない人も少なくありませんでした。見慣れぬ外国人(雲南省に日本人はそう多くない)に警戒しているのもあるでしょうが、もしかすると、すでに当局が規制を始めているのかもしれません。

事前に調べた中には、隕石の破片を手に入れて一獲千金を実現しようと、中国全土から観光客が押し寄せているという情報もありました。しかし少なくとも落下から2週間が経ったこの時点では、そのような噂もほとんど聞かれなくなっていたようです。

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シャングリラ市街の遠景

翌朝、雨の中をバスに1時間半ほど揺られ、まずは「シャングリラ大峡谷」を含む国立自然公園「巴拉格宗(バラゲゾン)国家風景区」に向かいます。市内からの交通手段は事実上ツアーバスしかないので、生まれて初めてツアーバスに乗車しました。

巴拉格宗国家風景区は「中国版グランドキャニオン」というと大げさですが、断崖絶壁に囲まれた景観はなかなかの見ものです。公園入口のターミナル周辺には、チベット風の建造物がひしめきあっています。中国政府はここを一大観光地にしようと、着々とインフラを整えつつあるようですが、それにしては大型観光バス以外の観光客はほとんどおらず、少し心配になります。

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巴拉格宗国家公園の入り口。ツアーバスがちらほら

食堂のチベット人従業員に、隕石落下地点はこのあたりなのかどうか聞いてみました。

「そうだよ、このあたりらしいよ。でも、どこに落ちたのかは知らないね」

おおよその方角でもいいので、分かる範囲で教えてくれないかと、しつこく訊ねたのですが、あからさまに嫌がっています。「山の中のどこかじゃないか」とか言って、適当にその辺を指差すだけ。

質問を変えます。隕石のことを調べに来た人はいる?

「来たよ。10人か、20人くらいだったかな」

そう言うと、去っていってしまいました。

その後、園内回遊バスの運転手などにも尋ねてみたものの、無愛想に「知らない」と言うばかり。

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園内からは険しい断崖が望める

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大陸ならではの景観

天安門事件が起きた1989年の初夏、筆者は四川省成都の大学に留学していました。当時は街のあちこちで焼き討ちが起き、ホテルは破壊され、車という車はひっくり返されて、それはもう大変な混乱でした。死傷者も少なからず出ていたはずですが、テレビは一日中、民主化運動に関与した学生の指名手配映像を流し続けていました。

しかし最も怖かったのは、そのような混乱がすぐ近くで繰り広げられていたにも関わらず、成都市民が誰ひとりそれを話題にせず、かたく口をつぐんでいたことでした。

中国の一般市民が国家権力に対して抱く恐怖心は、半端なものではありません。我が身に災難が振りかからぬよう、少しでも不都合な話題には口を閉ざす。事実、今回も「隕石の破片を見つけた」と言い、石ころを高額で売ろうとする人が出ていることもあって、雲南省では「隕石探索禁止令」が出されたそうです。

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一人だけ「隕石の写真だよ」とスマホを見せてくれた人が。でも、これは明らかにニセモノ

もう一つ、答えてくれない理由があるとすれば、それは中国人の「面倒なことを徹底して避けようとする」国民性でしょう。後で中国人の知人にこのことを話したら、「そりゃあ当然ですよ。中国人が報酬もなしに、面倒な質問にいちいち答える訳がない」と一刀両断されてしまいました。

「隕石かい? 見たよ!」

巴拉格宗国家公園を訪れた翌日、おそらく隕石落下地点に最も近い村と思われる、幸福村へバスで向かうことにしました。この村は、以前何度も訪れた場所なので、土地勘があります。もっとも、かつては長江沿いの九十九折りの道を走ってゆくのどかなバスがあったのですが、数年前にハイウェイが完成し、路線バスのルートも大きく変わっていました。

そこで、まずはシャングリラ市街地とシャングリラ大峡谷のほぼ中間地点の町・并子欄(ベンツーラン)まで行き、そこの宿に荷物を置いて、幸福村まで往復しようと考えました。

并子欄に着いたのは、午前11時過ぎ。ここは標高約1800mあまりとシャングリラ市街よりも低地なので、さすがに暑くなってきます。奄美大島とほぼ同じ緯度なのです。

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中央の川は長江(金沙江)と翁水川の合流地点。奥の長江は水の色が茶色い

だだっ広い新道から脇に入り、旧道沿いにある旧知の安宿を探します。周辺はかなり様変わりしていますが、意外にも古い宿や食堂・商店は昔のまま立ち並び、結構賑わっています。

筆者が最後にこの宿に泊まったのは6年前。ほうぼう歩き回った挙句に見つけたその安宿は、新道沿いに移動して、ずいぶん近代的なホテルに生まれ変わっていました。かつての独特な雰囲気がなくなってしまったのは少し残念ですが、これも中国社会の時代の流れです。

宿の主人は、筆者を覚えていて大歓迎してくれました。

訪れたのはちょうど昼時だったので、宿ではご近所さんも集まって、和気あいあいと食事中。筆者もその輪にしばし加えてもらったのですが、「そういえば、例の隕石はどこに落ちたんですか?」とそれとなく話題に出したとたん、皆急に黙り込んでしまいました。その後も何度か聞こうとはしてみたものの、「どこに落ちたかとか、細かいことは誰も知らない」といかにもイヤそうに答えるばかり。隕石の話はほどほどで打ち切らざるを得ませんでした。

宿に荷物を置き、この日の午後は付近の散策にあてることにして、長江のほとりへ下りました。

すると、スキンヘッドの老人がひとり木陰に佇んで、大きな鎌で一心にリンゴの皮を剥いています。筆者を見つけると「一緒に食べないか」と声をかけてくれました。気さくそうな人なので、隕石のことも尋ねてみましょう。

「隕石かい? 見たよ! すごかったよ! でっかい火の玉が山の向こうにすっ飛んでいったんだ」

ここまで来て、ようやく「見た」と断言する住民に初めて出会いました。ただ、筆談でより詳しく聞いてみようとしたものの、「字は読めない」とのことで泣く泣く断念。この辺りには、読み書きができない住民も決して珍しくないのです。

バスがない!? 本当に?

夕食は、牛肉や野菜を鉄板に敷き詰めて焼くバーベキュー。チベット周辺のソウルフード(ただし、ごく最近になって急速に広がった風習のようです)ともいうべきメニューです。

この辺りは、日本人に優しい人が多い土地柄です。筆者にも例外ではなく、宿の主人は「久しぶりに来てくれたんだから、宿代も食事代もいらないよ」と言います。さすがにそうもいかないので、お礼として100元(約1700円)を受け取ってもらいましたが、部屋も食事もその額をはるかに上回るクオリティでした。

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しかしその翌朝、思わぬ「罠」が待ち受けていたのです。

筆者は朝の7時に起き、身支度を始めました。前の晩、「朝8時にバスが来るから、それに乗れば幸福村へ行ける」と言い含められていたからです。

停留所は前日に乗ってきたバス(と別の場所で、宿からどのくらいかかるのかわかりません。乗り遅れると困るので、7時半頃になって宿の人に尋ねてみました。すると、驚くべき答えが…

「バスならさっき出たよ! 朝飯食わなきゃいけないんだから、慌てなさんな」

えっ!? じゃあ次のバスは?

「今日はもうないよ!」

そんなバカな! あんたが昨日「明日の朝8時のバスに乗れ」と言ったんじゃないか! と言いたいところですが、ぐっと我慢。

「包車(ハイヤー)かタクシー呼ぶから、安心してゆっくり朝ごはんを食べなさい」

中国においては、どんなに大切な仕事よりも、朝ごはんが大事なのである。などと感心していたら、主人は早速タクシー会社に電話して価格交渉まで始めているではないですか。

「100元(約1700円)でオッケーと言ってるよ。安いよ!」

取材費を切り詰めている筆者にとっては、決して安い金額ではありません。それに、バスなら10元か20元で行けるのに、なんで100元のタクシーに乗らねばならないのか…。そもそも、さすがにバスが一本もないということはないはず。地方の農村なのだから、乗り合いバスくらいあるでしょう。

しかし、宿の主人にそう言っても「心配するな」と言って全く取り合いません。そうこうするうちにタクシーがやってきて、朝飯を食べる筆者の横で待ち始めました。仕方がないので、100元支払って車に乗り込みます。

タクシーが走り出すと、案の定、村営の乗り合いバスが何台も追い越していきます。やっぱりちゃんとあるじゃないか…。

霊峰「梅里雪山」に落ちた

筆者が初めて中国を訪れたのは、1988年の早春。その前年、日本固有種の「ギフチョウ」という蝶を題材に子供向けの科学読み物を出版した際、中国固有の近縁2種に言及したのですが、当時それらの蝶の生態はほとんど解明されていませんでした。そこで、自分の目で確かめ、写真に収めなければならないと思ったのです。

でも、中国のことは何一つ知りません。そこで、筆者の本の担当編集者の友人が、たまたま「地球の歩き方」の編集に携わっていたので、その友人を頼ることにしました。当時、日本で最も中国について詳しく、最も深い愛情をもって接していた人物のひとりでした。

彼は筆者の連絡に快く応じ、全面的に協力すると約束してくれました。ただし条件がひとつある、それを守る自信がないなら、一切協力はできません、とも。そして、こう口にしました。

「絶対に中国人を信用しないこと」

以来30年、筆者はこの時の衝撃を忘れられずにいます。そしてその後、何十回となく中国(日本人がよく行く北京・上海・香港などではなく)を訪れて得た結論として、残念ながら彼の言葉は正しかったと言わざるを得ません。別に中国人が日本人を騙そうとする、と言いたいわけではありませんが、とにかく「抜けている」人が多いのです。

しかし、タクシーに揺られ苦労して幸福村まで着き、村に隣接する「巴拉格宗国家公風景区」を再度訪ねたのはいいのですが、以降の聞き込みでも、やはり隕石のことを知っている人は見つかりません。ひとりの女性が「はっきりこの目で見た」と教えてくれたものの、「でも落下場所は分からない。もし詳しい情報を手に入れたら、連絡してあげる」とのことでした。

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幸福村の旧道沿いの町並み

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いたるところで牛やロバが歩いている

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村民委員会前にたむろする村の人たち

結局、筆者が当たりをつけたシャングリラ峡谷周辺では、隕石の落下地点を特定することはおろか、報道では「中国全土から殺到している」ということだったはずの、隕石ハンターの姿を見ることすらできませんでした。

ただ、聞き取りをした中には、「隕石は梅里雪山に落ちたと聞いた」という男性もいました。

梅里雪山はシャングリラの北西およそ100kmの地点にそびえ、標高6000mを越す剣山のように険しい山々が6つも連なった、チベット仏教の聖地ともされる山脈です。

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霊峰の名にふさわしい神々しさ

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山々の一つ・メツモ(神女峰)は標高6054m

梅里雪山は、地理的、気候的、そして文化的な条件から、全てが未踏峰という驚くべき山々として知られています。主峰の一つ・メツモ(神女峰、6054m)は、まるでマッターホルンのように急峻な山容を誇り、ひと目見れば忘れられません。

ただし梅里雪山は、1991年に日中合同隊17名が全員遭難して以降、登山自体が禁止となっています。本当にこの地に隕石が落ちたのであれば、今後も落下地点の特定・捜索は困難でしょう。

冒頭でも述べた通り、きわめて魅力的で驚異に満ちた自然環境を誇る、アジアのルーツとも言うべき地域・シャングリラ。この地は中国における筆者の最も重要なフィールドで、十数年間にわたり通い続けて多くの成果を得ています。

今回、隕石落下地点までたどり着くことはできませんでしたが(どうかお許しを!)、その不可思議さ、そして雄大さはまた稿をあらためてお伝えしたいと思っています。

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