進歩し続けることが正しいのか、昔のままであり続けることが優れているのか

進歩し続けることが正しいのか、昔のままであり続けることが優れているのか

  • THE PAGE
  • 更新日:2018/02/21

人口が減少し、社会の成長が見込めない時代といわれます。一方で、科学技術の進化が、高齢化の進む日本の未来を、だれにとっても暮らしやすい社会に変えるのではないかともいわれています。わたしたちは一体どんな社会の実現を望んでいるのでしょうか。

幸福学、ポジティブ心理学、心の哲学、倫理学、科学技術、教育学、イノベーションといった多様な視点から人間を捉えてきた慶応義塾大学教授の前野隆司さんが、現代の諸問題と関連付けながら人間の未来について論じる本連載。3回目は自身の研究をなぜ哲学や倫理学に広げていき、現在担当されているシステムデザイン・マネジメント学や幸福学へとつながっていったのか執筆します。

----------

「我思うゆえに我あり」、でも「我が有るかどうかもあやういではないか」

No image

[イメージ]孔子の教えなどを記録した論語。東洋哲学の見直しが始まっている(写真:アフロ)

今回(第3回)は、哲学や倫理学や思想の歴史が幸福学やSDM(システムデザイン・マネジメント)学とどのように関わるのか、ということを述べたいと思います。

前回(第2回)は、紀元前5世紀ごろの枢軸時代に東洋と西洋が分かれたのではないかということを述べました。東洋では仏教哲学や老荘思想といった重要な思想は出てきたものの、「有るとも無いともいえる」というような禅問答(もちろん禅は仏教の一部ですから禅問答が紀元前5世紀の東洋思想と似ているのは当然というべきでしょう)のような考え方が相変わらず強化されていくのに対し、西洋側では、正しいか間違っているか、善か悪か、白黒をはっきりさせる考え方が発展していきます。

一気に時代を早送りして、近代について考えてみましょう。15~16世紀以降です。西洋における近代とは、ルネサンス、大航海時代、宗教改革、産業革命の時代ですね。これらが全て絡み合いながら歴史の流れは進展していて面白いのですが、ここでは哲学・倫理学について考えてみましょう。

近代哲学の立役者はデカルトからカントまでと言われます。彼らは絶対的な善や真を探していました。古代ギリシャの頃と似ています。

しかし、時代が進み、ポストモダン(近代の後)の哲学になると、違った様相を呈します。

リオタールは、歴史には明確な目的や到達点は存在しない、と近代哲学を否定します。絶対的な真や絶対的な善のような大きな物語(全体を律する規範)は終焉したので、人は小さな物語(自由気ままな自分の人生)を生きるしかないというのです。

前に述べたように、近代の哲学者デカルトは「我思うゆえに我あり」といいましたが、ポストモダンでは、我が有るかどうかもあやういではないか、ということになってしまった。ニヒリズム(虚無主義)です。哲学的に絶対的なものはないのではないか。

近代の哲学者カントは絶対的な善が存在すると考えましたが、ポストモダンでは、実は絶対的な善など幻想ではないか、ということになってしまったのです。

つまり、西洋は、紀元前5世紀ごろから、二項対立的な考え方によって2500年という長い年月をかけて進化を続けてきたような気がしていたのに、現代になってみると、長く積み上げてきたものを否定せざるを得なくなってきた。これが現代という時代だということです。

そして、それは同時に、古代ギリシャや東洋に今も残っている東洋哲学・思想を見直すということでもあります。

実際、マイケル・サンデルなどの共同体主義の政治哲学は、アリストテレスの頃の考え方に近いコミュニタリアン(共同体主義者)という立場に立ちます。

西洋が東洋に学ぶ例は、ニューエイジの頃から、現代のマインドフルネスのブームまで、さまざまなところで見られます。

西洋的な思想がたどりついたもの ── 2500年前にあったものに似ていた

No image

[図1]西洋と東洋の歴史

つまり、ちょっと長くなってしまいましたが、述べたかったことは、以下のことです(図1参照)。

西洋は長く東洋を見下してきた。こっちはどんどん進歩しているのに、あっちは古臭いままじゃないか。紀元前5世紀からあまり変わっていない。それが証拠に、GDPのトップクラスといえば、昔はずっと中国とインドだったが、近代以降は西洋が圧倒。二項対立的な考え方で、論理的に考えて、戦いに勝ってきたのは、西洋だ。

ところが、ポストモダンの時代になって、まてよ、こっちが進歩だと思っていたことは本当にそうだったのか、となった。挙げ句の果てにポストモダン哲学が発見したことは、古くから東洋にあったことや、古代ギリシャにあったことを見直すべきだということなのではないか。

なんと、西洋的な考え方は、2500年かけてどんどん進歩していたつもりだったのに、ようやく全体性・俯瞰性を発見したと思ったら、それは2500年前にすでにあったものにとても似ていた、というわけです。

荘子が言っていたように、正しいか正しくないかというのは裏表であって、どっちが正しいというものではなく、両方あって成り立つものなだということを見直さざるを得ない時代がやって来たのです。何も、絶対的に信じるものがない時代。

なんだか虚しい時代だという気もします。私たちの心も幻想。正しいことや善いことも幻想。すべては幻想。だけれども一人一人は小さな自分の人生を生きていくしかない時代。

人類は、哲学的・倫理学的には曲がり角

だから幸福学だと思うんですよね(ついに出ました。幸福学)。なぜなら、どんなに善や真がない時代でも、「誰もが幸せに生きるべきだ」という倫理的命題に反対する人はいないと思うのです。いかがでしょう。

いや、実は反論する人はいるでしょう。異教徒や悪人や敵など、幸せに生きるべきではない人は存在する、と考える人はいるでしょう。この議論をすると、やはりポストモダンの時代には正解はない、ということになってしまうので、もはや私の立場を主張しているのでしかないのですが、私は、すべての人は幸せに生きるべきだと思います。

みんながそう願い、そのために何かをする世界を作りたい。これが私の願いです。そしてもちろん、二項対立的な議論に終始するのではなく、古代ギリシャや東洋の哲学・思想にも学ぶ全体的・根源的・俯瞰的・メタ的な思考も取り入れることが、その答えに近づく道ではないかと思っています。

さらに調子に乗って我田引水的に述べるならば、現代はSDM学の時代とも言えるのではないかと思います。SDM学とは、学問分野横断的に、部分最適ではなく、全体最適な答えを探していこうという活動です。

これまでの学問は、分野ごとに分かれていましたが、それでは、学問分野横断的な問題は解決できない。一見自己矛盾のように見えるかもしれませんが、学問分野横断型の学問分野というものを作って、これを教育し、実践者を育て、そして実際に実践して行くべきではないか。これが設立の精神です。

そんなことはできるのか、とよく聞かれます。それを可能にするのが、ふたつの基盤学問です。システムズエンジニアリングとシステム×デザイン思考。詳細はSDM研究科(http://www.sdm.keio.ac.jp/)のWEBページをご覧ください。

いすれにせよ、SDM学では、二項対立的、分析的、論理的でシステマティックな考え方を重視する一方、総合的かつ統合的に、感性も重視して、システミックでホリスティックなやり方も重視します。バランスですね。近代以降の西洋的なやり方と、今も日本に残る東洋的・統合的なやり方と。

そして、幸福学は、もちろん、SDM学の一部です。幸せという、人間にとって重要な価値を、全体として分析しますし、その結果を、幸せなものづくり、ことづくり、まちづくり、組織づくり(経営)といった設計(デザイン)の問題に活かしていくわけですから、まさにSDM学の重要な柱の一つだと思っています。

そしてもちろん、全体統合的学問であるSDM学や幸福学にとって、歴史は先生です。進歩し続けることが正しいのか、昔のままであり続けることが優れているのか。進歩か循環か。分断か調和か。分離か融合か。競争か協創か。強制か共生か。

というわけで、もういちどまとめて今回の話を閉じましょう。過去数千年の歴史を俯瞰的に見てみると、近代以降、分析的、分断的な方法論に基づいて発展してきたかのように思えた人類は、哲学的・倫理学的には曲がり角を迎えています。

大きな物語を仮定し得ないポストモダンの時代を迎えることによって。もちろん、地球環境問題、国家間の攻防の問題、貧困問題など、他の事象から見ても、人類は転換点にさしかかっていると言うべきでしょう。ここで必要とされる実践的学問こそ、幸福学であり、SDM学である、と思うのです。あるいは、言い換えれば、人類が力を合わせてより良い未来を創っていくべき時代がやって来たということだと思うのです。

次回は、分断と調和、分析と統合、競争と協創といった基本的な価値軸について、別の視点から見ていこうと思います。

※次回は2/28ごろ掲載予定です。

【参考図書】
・前野隆司,幸せの日本論―日本人という謎を解く ,角川新書,2015年4月
・桜坂洋,吉田戦車,本郷和人,堀田純司,前野隆司,他,電子書籍AiR(エア)2(滅亡に向かう世界─依存症時代の未来像),電気本,2011年2月
・前野隆司,思考脳力のつくり方―仕事と人生を革新する四つの思考法 ,角川ワンテーマ21(新書),2010年4月
・前野隆司,脳の中の「私」はなぜ見つからないのか? ―ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史 ,技術評論社,2007年8月

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

コラム総合カテゴリの人気記事

グノシーで話題の記事を読もう!
絵の中に何が見える?最初に見えたものであなたの性格がわかるらしい!
貧困40代シングルマザーが「金持ち母さん」になれた「時給」の考え方
生理中の子どもとのお風呂。「タンポン」で乗り越えるママの声と使用時に気を付ける「5つのこと」
通勤電車あるあるが満載!? 『Twitter』で「#ムカつく電車の行き先選手権」が盛り上がる
松本人志「食うの遅いヤツ絶対に売れない」を聞いて元芸人が思ったこと
  • このエントリーをはてなブックマークに追加