「あと2週間で、赤ちゃんに会える...」。臨月を迎えて幸せ絶頂の妊婦が、最後に直面した予想外の大事件

「あと2週間で、赤ちゃんに会える...」。臨月を迎えて幸せ絶頂の妊婦が、最後に直面した予想外の大事件

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  • 更新日:2018/12/13

「結婚なんかしない」

そう、言い張っていた。

今の生活を手放すなんて考えられない。自由で気まぐれな独身貴族、それでいいと思っていた。

仕事が何より大事だと自分に言い聞かせ、次々にキャリア戦線を離脱してゆく女たちを尻目に、私はただひたすら一人で生きてゆくことを決意していたのに―。

”想定外妊娠”に戸惑っていたのもつかの間、千華ははじめてのエコーで心を揺さぶられ、たとえ独身だろうと産む決意を固める。

元カレ・ショーンとすれ違い続けていた千華は、憧れの先輩から言われた一言をきっかけに自分の本心に気づき、ついに彼と結ばれた。

だが真っ先に報告した親友・舞子は浮かない顔だった。さらに、ショーンの母・妙子は辛辣な言葉で千華を絶望の底へと叩き落とした。職場でも、妊娠をきっかけに信頼していた部下・徳永とギクシャクしていたが、彼と本音でぶつかりようやく和解。

そしてついに臨月を迎えた千華だったが…。

No image

AM 8:34

「母さんの様子がおかしい。」

妙子さんとの電話を終えたショーンが、深刻そうな顔をしてスマホを握りしめ、寝室から出てきた。

私は無事に徳永との引き継ぎを終わらせ、産休を迎えたが、ショーンの母である妙子さんとは絶縁状態が続いている。

ある時を境に、妙子さんからショーンへの連絡はグッと減っていた。だけど、さすがに予定日を二週間後に控えている状況なのだから「様子を聞いてみたら?」と、私が提案したのだ。

「様子がおかしいって、どういうこと?」

「覇気がないと言うか、千華の心配をしてた。”まだ寒いから、妊婦は風邪をひかないように気をつけろ”って。」

「…え?妙子さんが!?」

以前、結婚の挨拶をするために顔を合わせた時は、「みっともない」だの「前みたいにすぐ離婚するな」だの、散々な言われようだった。それ以降も一切彼女は、私の話題には触れることもなかったのに。

「まさか…妙子さん、体調崩したのかな。」

そう口に出さずにはいられなかった。

その考えはショーンも同じだったようで、朝食代わりにスムージーを作ろうとフルーツを詰め込んだミキサーを見つめながら、黙り込んでいる。

妙子さんは病に侵されている。それも、ショーンの話では一切の治療を拒みながら、独りで東銀座のマンションに引きこもっているのだ。倒れてしまったとしても、すぐに気づく人は周りには居ない。

「お昼を食べてから、様子を見に行ったほうが良いんじゃない?」

予定日を二週間後に控えていた私は、最後の外食をGINZA SIXの『THE GRAND 47』で食べようと、ずいぶん前から約束していた。近くに住む妙子さんの顔を見に行けば、ショーンも私も少しは安心して出産予定日を迎えることができるだろう。

「ありがとう、ランチのあとに寄ってみようか。千華はエントランスで待ってていいから、ほんの少し顔を見たら帰ろう。きっと大丈夫だ、いつものことだよ。」

まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいてから、ショーンは申し訳なさそうに微笑むと、ポコポコと頻繁に動く私のお腹を撫でて優しくキスをする。

土曜日の朝のことだった。

勇気を出して訪れたショーン母の家で、まさかの事態が起こる…!

PM 2:38

「本当に良いのか?」

ランチを終えたあと、私達は妙子さんのマンションへと向かっていた。

「良いに決まってるでしょう、私だって心配なのよ。」

そう言って最上階行きのエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。

あの妙子さんが私の心配をするなんて、地球がひっくり返ったとしても起こりえないことなのだ。仮に体調が悪かったとしたら、ショーンも私も最悪の事態に備えなくてはならない。

ポーンと小気味良い音がして、玄関に直結したエレベーターの扉が開いた。

目の前に広がる大理石の玄関は、相変わらず私を緊張させる。

「ご挨拶だけしたら、私は下で待ってるから。」

そう言って、あの日以来2度目の再会を前にグッと背筋を伸ばす。

その時だった。

下腹部のあたりで「パン!」と弾けるような感覚が走り、そして次の瞬間、生暖かい大量の水分が両足をつたい流れてゆく。

「…千華?」

大理石の立派な玄関のど真ん中で、私は一気に青ざめた。ショーンが私の名前を呼んでいたけれど、それもよく聞き取れない。

「千華!?」

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「ショーン、一体何事なの…。」

呆れたような妙子さんの声が聞こえた。しかし、今の私には背筋を伸ばしきちんと挨拶する余裕もない。

身体を屈め真っ青な顔をして、小さな声で謝るのが精一杯だ。

初めて妙子さんにご挨拶をした日、彼女は私を見るなり「みっともない」という言葉を口にしたが、今日はそれよりも更にひどい状況なのは間違いない。

「申し訳ありません…その、様子を伺いに来たのですが…破水してしまったみたいで。」

妙子さんは私の悲惨な姿を目にすると、パッと踵を返し部屋の奥へと引っ込んでしまった。そんな彼女の様子を見ながら、途端に涙が溢れ出す。

「ショーン、ごめん。もう二度と妙子さんに会ってもらえないかも。」

「千華!そんなことよりクリニックに電話しないと!」

呆然とする私に変わり慌ててショーンがスマホを取り出していると、大量のバスタオルとクッションを抱えた妙子さんが玄関に戻ってくる。

「千華さん、すぐにこれを腰に当てなさい!」

「え?」

「ショーンもモタモタしないで早くドクターに連絡したら、下にタクシー呼ぶのよ!」

気がつくと妙子さんの大きな声が、大理石の玄関に響いていた。霞む視界の端ではショーンが電話をかけているのが見える。

「妙子さん…、すみません。こんな所で。」

「バカな子ね、謝るんじゃないの!」

ピシャリと私の言葉を遮る妙子さんは、水浸しになってしまった玄関に、高級そうなクッションを惜しげもなく山積みにして私を座らせたのだ。

「タクシーが来るまで楽な体勢でいなさい。動いたら絶対にだめよ、わかったわね!?」

そのテキパキとした姿に呆然としていると、今度はショーンを呼びつけ「ドクターに連絡したの?タクシーならコンシェルジュに頼めばすぐに来るわよ!」と、まるで小さい子供を叱りつけるように進捗を確認していた。

想像以上の痛みに襲われる千華。そして、ついに…。

そこから先は、まるでジェットコースターにでも乗っているかのようだった。

いつの間にか2台手配されていたタクシー。ショーンは必要な荷物を持ってくるようにと、手前のタクシーに押し込められ自宅へと向かっていく。

そしてクリニックへは、私と、新品のバスタオルを何枚も抱えた妙子さんが先に向かうことになった。

緊張のせいか、不安に揺れる私の背中を妙子さんは支えるように撫でてくれていた。その手のひらが、妙に温かくて心地良い。

クリニックに着くとすぐに診察室に通され、先生に改めて状況を説明していると、今度は少しずつ下腹部が痛みだす。

そしてその痛みは次第に激痛となり、私はそのまま分娩室へと運ばれたのだ。

PM 7:13

「これで最後だからね!いきんで!!」

助産師さんの大声が聞こえ、最後の力を振り絞ると身体がバラバラに砕け散ってしまうかと思った。

そして次の瞬間、想像を絶する痛みから開放され、耳に飛び込んできた声を、私は一生忘れることは無いだろう。

「ほわぁ…ほわぁ、ほわぁ。」

その産声は、想像していたよりもずっと小さい。けれど、全ての苦しみを取り払ってくれる力強いものだったのだ。

「千華!!産まれた、産まれたよ!!」

私の手を握りしめるショーンの目には、大粒の涙が浮かんでいた。

「赤ちゃん…私たちの赤ちゃん…。」

乱れた呼吸のまま、私は手をのばす。そして、ニッコリと微笑む助産師さんの腕に抱かれた我が子が、ついに私の胸にやって来たのだ。

「ああ、やっと会えたわね…、えらかったね、よく頑張ったね。」

自然とそんな言葉が口からこぼれ落ちた。

ショーンは、私の額にキスを落とし、それから、産まれたばかりの奇跡を確かめるように、何度も何度も可愛らしい赤ちゃんの頬を撫でる。

「おめでとうございます、男の子でしたね。」

「え?」

先生の言葉に、私とショーンは二人して素っ頓狂な声を上げる。

それから顔を見合わせ、すでに買い揃えてしまった可愛らしい女の子用のベビー用品や、夜な夜な考えていた子供の名前を思い出して、声を出して笑いあったのだった。

No image

PM 9:00

「本当に、今日はありがとうございました。」

分娩が終わり帰ろうとした妙子さんをショーンに引き止めてもらった。私は個室のベッドに横たわりながらお礼を告げる。

しかし、妙子さんは少しだけ悲しげな笑顔を浮かべただけで、それ以上は何も喋らなかった。

「母さん、無理にとは言わないけど、孫の顔見てやって。」

その沈黙を破ったのはショーンだった。時折ふにゃふにゃ口を動かす息子を抱き、ショーンは妙子さんの前に立つ。すると、妙子さんはようやく口を開いた。

「なんて…、美しいのかしら。」

孫を見つめる妙子さんの横顔は、今まで見たことのないほど柔らかな笑顔になっていた。

「ねえ、母さん。俺は、母さんを恨んだことは無いよ。俺を置いてパリに行っても、クリスマスと誕生日には必ずカードとプレゼントを送ってくれただろ?

それに、テレビや雑誌なんかで母さんを見かけると、誇らしかった。俺にとっては唯一無二の母親なんだ。」

ショーンは静かに話を続ける。

「千華は俺にとって最愛の人だ。それに、今日生まれてきてくれた子供も。でも、母さんが俺を生んでくれなければ、2人に出会うことだってできなかったんだ。」

「ショーン…。」

「だから、本当にありがとう。それから、できれば母さんにはまだ生きていてほしい。俺達と、子供と過ごす時間をもう少し作ってくれないか?」

ショーンの言葉を聞いた妙子さんは、静かに涙を流し、それから「この子を抱いても、いいかしら?」と尋ねる。

そして、その腕に息子を委ねると、妙子さんは消えてしまいそうなほど小さな声でカーペンターズの『Close to you』を口ずさんだ。

それは、今まで聞いたどんな子守唄よりも、優しく、温かい歌声だった。

ついに誕生した新しい生命。そして、千華たちのその後は…

エピローグ

想定外の妊娠は、私の人生を大きく変えた。

私だけの人生ではない。ショーンも、舞子も、妙子さんも、徳永も。それぞれの人生に、想定外の出来事をもたらしたのだ。

舞子からは、出産予定日当日に「無事なの!?」と、連絡が入り、それ以来徐々に交流が復活しつつある。

ショーンは激務続きだった仕事をあっさりと辞め、今は自分で起業した会社の経営と、家族との時間とのバランスを上手くとりながら続けている。

「徹夜とか余裕だから。」と言って、一晩中息子の世話をすることもある。

そんな日の翌日は、いつも決まって息子を抱きながらリビングのソファーで口を開けて眠っているけれど、その姿も愛しくてたまらない。

妙子さんは、孫が産まれた直後から病院に通いだし、生きる気力を取り戻しつつある。

家に山ほどあるベビー服の殆どは、妙子さんが見繕ったものだ。さすが元ファッションデザイナーというべきか、使うのをためらうほど高級なものばかりが毎週箱詰めにされて送られてくるのだ。

週に何度か、息子の前にスマホを置き“ばあば”の顔を忘れないように、とテレビ電話をする。その時の妙子さんの顔は、ショーンと同じようにとろけてしまいそうだった。

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職場の様子は浅野先輩から、少しだけ聞いていた。

私の後任には徳永が就き、マネージャーとしてチームを引っ張っている。だが、彼の細かすぎる性格が災いしたのか、今は部下とのコミュニケーションで悩んでいるらしかった。

時折、部長に相談したりもしているらしいけれど、私はあまり心配していない。きっと徳永ならなんとか乗り越えて、優秀なマネージャーとして腕を振るう日も近いだろう。

それぞれの人生は、思いがけない『想定外』の連続で出来ている。

そして、それぞれが色々な事情や想いを抱えて、なんとか幸福をつかもうともがくのだ。

その先にある未来に希望を託して、私達は生きている。

Fin.

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