10年で3000冊を読破した新聞記者、厳選の「ヤバいの本」

10年で3000冊を読破した新聞記者、厳選の「ヤバいの本」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2019/11/23
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もしも、出会えていなかったら…

小学生の頃から図書館や書店に入り浸る「書籍の子」でした。その後、高校から大学院修了までの10年で3000冊の本を読みました。大学院の時、下宿の部屋の片側に本を積み過ぎて建物が傾き、下階のふすまが開かなくなって、大家さんに怒られました(笑)。

気に入った作家の作品を何度も読み返すタイプで、青年期は開高健、向田邦子、近藤紘一の著作を偏愛しました。この3人の作家に出会えなかったら、今と違った人生になっていたでしょう。

3人に共通するのは、日常の中で戦争を描いたこと。人間の命や生活を根底から破壊する戦争に、子どもの頃から関心がありました。また3人は若くして亡くなってもいる。命の有限性についても教えてくれました。

どれも大好きで本当に選び難いので、1位から3位までは、それぞれの代表作にしました。

開高健は遺作『珠玉』所収の「掌のなかの海」が素晴らしいですが、最初に高校の時に読んだ『輝ける闇』を挙げます。ベトナム戦争をテーマにしたフィクションですが、これ以前に開高健は自身が新聞の臨時特派員としてベトナムに赴いた時のことを『ベトナム戦記』というルポルタージュで書いています。同じ素材を『輝ける闇』では小説にしている。

書き手となった今でこそよくわかりますが、ルポで書いた素材を、小説に起こすのは相当難しく、本人も悩んだはず。でも、それほどベトナム戦争での体験が凄まじかったのでしょう。「書く」のではなく、「書かされている」作品です。

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物語のテーマや構成などに注目されがちですが、開高健は言葉一つ一つを吟味し、通常はその文脈で使わない言葉を巧みに用います。誰にも真似できない文体です。

戦後の日本文学を振り返った時、いずれ「戦後は開高の時代だった」と言われるのではないかと、僕は考えています。こんな作家は、もう出てこないでしょう。

僕は大学院時代に、1年間休学して世界を放浪したことがありますが、ネパールの宿にたまたまあった英語版の『輝ける闇』を再読し、化学の研究者から新聞記者へと人生の進路を変更しました。そういった点でも、思い入れの深い本です。

柔らかい言葉で心を動かす

一方で向田邦子は、どうしてこんなにも平易な言葉で、人の優しさ、悲しさ、儚さなどを描けるのだろうと感じ入ります。僕の文体に最も影響を与えている作家です。

彼女の作品は構成の重心がかなり後ろにあるのが特徴です。最初はどれも柔らかく、軽いエッセイ感覚で読めますが、だんだん止まらなくなり、最後には涙ぐんでしまう。まるで魔法です。

飛行機事故で亡くなるまで、作家として活動した期間は短いですが、残した作品は素晴らしいものばかり。『眠る盃』は50回は読んでいるでしょうね。収録された「潰れた鶴」「字のない葉書」「味醂干し」「水羊羹」などどれも味わい深い。そして「『あ』」。途中までは何気ない話で、最後の一文ですべてが引っくり返り、物語を決定します。向田邦子の真骨頂といえる短編です。

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近藤紘一は僕を新聞記者の道に進ませた、憧れの人です。同じ仕事をしている今だからわかるのですが、彼のような記者はまずいません。ニュースの対象そのものではなく、自分の周囲の生活から物事の本質に迫る手法が持ち味です。

サイゴンから来た妻と娘』で顕著ですが、たとえばベトナム戦争について、ある部隊がある地域に攻め入り、どれだけの戦死者が出たかを書けば、確かに戦争の一面は伝えられる。でも、悲惨さまでは表現しきれない。

近藤は妻や娘、親類など身近な人にフォーカスを当て続け、戦争の最中で必死に生き抜く人々のしなやかさを書く。それによって、戦争が持つ非情な一面を見事に描き出しています。

一銭五厘たちの横丁』にも通じますが、市井の人々の生き様を描くことで、時代の大きなうねりを映し出すルポルタージュを書いてみたいという僕のスタイルは、近藤紘一によるところが大きいです。僕が東日本大震災の避難所での生活を書いた『南三陸日記』は、近藤ならどう書くか、ということを常に意識していました。

書くことと読むことは似ています。どちらも自分が何を考え、どう行動し、これからどう生きるか、自分の中で掘り下げ、定着させる作業です。そうしないと、すべてが流れ、忘れ去られて、最後には霧散してしまう。そうならないためにも、僕は書き続けていきたいと思っています。(取材・文/佐藤太志)

▼最近読んだ一冊

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「何度も読み返しています。読む度に『こんなに背中が遠いのか』と力量の差を感じます。カシアス内藤というボクサーのカムバック物語を『私』である著者から見た世界。日本のノンフィクションの金字塔です」

三浦英之さんのベスト10冊

第1位『輝ける闇
開高健著 新潮文庫 590円
「開高健は言葉を武器に戦うことのできる数少ない作家。戦争の真の姿が当時の息づかいとともに伝わってきます」

第2位『新装版 眠る盃
向田邦子著 講談社文庫 680円
『父の詫び状』に続く著者2冊目の随筆集。「著者の文体や感情表現が自分の原点になっています」

第3位『サイゴンから来た妻と娘
近藤紘一著 文春文庫 590円
戦火のサイゴンで子連れのベトナム人の女性と結婚した著者が、生活の中で起こる様々な出来事を軽妙な筆致で描く

第4位『一銭五厘たちの横丁
児玉隆也著 桑原甲子雄写真 岩波現代文庫 入手は古書のみ
「出征兵士の家族写真をもとに当時の人々の生活を蘇らせる手法に多大な影響を受けた」

第5位『誘拐
本田靖春著 ちくま文庫 800円
「抜群の取材力で犯人を生んだ社会の非情さを描く、事件ノンフィクションの最高峰」

第6位『李香蘭 私の半生
山口淑子、藤原作弥著 新潮文庫 710円
「伝説的な女優である山口淑子の記録。これほど濃い人生を歩んだ人を僕は知りません」

第7位『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道―
梯久美子著 新潮文庫 590円
「正統派ノンフィクションで抜群の面白さ。近年では出色の作品だと思います」

第8位『将棋の子
大崎善生著 講談社文庫 610円
奨励会で棋士を目指す少年たちの実録。「大崎さんの作品はどれを読んでも面白い」

第9位『クライマーズ・ハイ
横山秀夫著 文春文庫 760円
「新聞社のデスクの視点で描く日航機事故。引き込まれる名作ミステリー」

第10位『印度放浪
藤原新也著 朝日文庫 入手は古書のみ
インドを旅し詩的な文章と写真で綴った著者の第1作。「学生時代に魅了されました」

『週刊現代』2019年11月16日号より

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