漫画『カレチ』『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』が描く、国鉄マンの仕事と人生

漫画『カレチ』『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』が描く、国鉄マンの仕事と人生

  • ITmedia ビジネスオンライン
  • 更新日:2017/10/13
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国鉄末期の「旅客専務車掌」を主人公に、当時の鉄道風景と鉄道員の人情を描いた漫画『カレチ』。その作者、池田邦彦氏に、鉄道員という仕事について伺った。最新作『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』は、明治後期の鉄道が舞台だ。鉄道員は仕事の誇りと責任に満ちあふれていた。

『カレチ』(C)池田邦彦/講談社

漫画『カレチ』は、講談社の雑誌『モーニング』で、2009〜13年に連載された。単行本は全5巻。近年の鉄道趣味がブームに終わらず、社会的認知に至る過程の時期だ。国鉄当時を懐かしむファン層を中心に、鉄道に興味を持ち始めた新しい鉄道ファン層も取り込んで話題になった。

カレチとは、国鉄の「旅客専務車掌」の電信略号だ。カは旅客、レチは「列車長」に由来し、車掌を示す。レチは運行管理も実施し、機関士と連携する車掌。カレチは旅客専務、つまり、乗客の案内、切符の販売などを専門とする。漫画『カレチ』の主人公は荻野憲二。国鉄大阪車掌区所属のカレチである。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』はリイド社の雑誌『コミック乱ツインズ』で連載中。10月13日に単行本の第1巻が発売された。鉄道ファン、池田邦彦ファン待望の新刊だ。舞台は明治30年代から。国が全国の私鉄を国有化し、国鉄時代を迎えた頃。主人公は鉄道官僚の島安次郎と機関士の雨宮哲人。日本の鉄道の未来を作っていく物語だ。

『カレチ』の主人公は車掌さん

――今回は、ビジネスパーソン向けの記事ということで、先生の作品に登場する人々の「仕事観」を伺います。『カレチ』『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』ともに魅力的な鉄道員が登場しますね。まずは『カレチ』の主人公、荻野車掌はモデルがいらっしゃいますか。

池田: 漫画家デビュー作品は、子どもたちを主役にした『RAIL GIRL〜三河の花〜』でした。第54回ちばてつや賞で大賞をいただいた。そこで、連載に向けた新作品を考えるときに、国鉄ってカッコいいですよって話になった。失われたプロ集団みたいなね。今でも国鉄色と呼ばれるように、当時の色の車両は実車も模型も人気なんですね。

国鉄で働くいろんな人を出そうかって思ったんですけど、誰か中心になる人が必要。そこで車掌さんに注目しました。列車運行の役割もあるし、お客さんと接するソフト面もある。鉄道のハードとソフトの両方に関わって、いろんなところに行く。具体的なモデルの人物はいません。でも、実際に車掌を経験した方の著書を参考にしました。壇上完爾さん、市川潔さん、坂本衛さん。

勤務地は大阪車掌区にしました。東京の車掌は南北方向に範囲が限られてしまうんですけど、大阪だと青森から鹿児島まで行くので。

規則と人情の間で悩む主人公

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池田邦彦氏

――作品に広がりが出ますね。荻野車掌は国鉄マンの象徴的な人物像でしょうか。

池田: 実際の現役の車掌さんの思い出話を聞くと、規則は守らなくちゃいけない、でも、ちょっと破っちゃったんだけど、お客さまのためにうまくいったぜ、という話をよく聞くんですね。働く上で、規則との板挟みになりつつ、モチベーションになるように解決していく。この物語性が作家の頭の絞りどころで、主人公、荻野の見せどころになっています。

――あの頃の国鉄マンって、厳しい方が多かったという印象です。親方日の丸っていうか、叱られることが多かった。規則に厳しくて。でも、たまに優しい人がいた。その人情味のある人物像を集めたのが荻野カレチ。

池田: そうですね。人情味っていうところもあるし、あの時代と現代をつなぐキャラでもありますね。今の車掌さんは客商売で、規則は規則だけれども、お客さんに失礼な言葉遣いをするなんてことはないわけだけども、それを知らない現代のお客さまに国鉄を紹介するというキャラだと、ああいう、人情味のあるキャラにならざるを得ない。昔の、本物そっくりの怖い車掌を描いたら、誰も共感してくれない(笑)。

――他にも魅力的な人物がたくさん登場します。ダイヤを守ることにこだわる運転士は、規則に厳格な専門職という印象ですね。荷物車掌は、仕事にやる気を見いだした途端、その仕事そのものがなくなってしまう。これは現在のビジネスマンに通じる悲哀かなと。やりがいを持っていたプロジェクトがなくなってしまうという。そういう部分、現在と重ね合わせたことはありますか。

池田: 結果的にそうなっていったということですね。いまの子ってかわいそうだなという部分があって、目指していったものがなくなっちゃう可能性が高い。あの頃はまだ信じられていた最後の時代なんだろうな。ある意味、幸せに働いていた人たち、でもそれが壊れていってしまう。国鉄末期のそういう過程がカレチでは描かれています。

――そのあたり、現在のビジネスマンに共感されそうです。普段は寡黙だけど、専門知識がすごいヒーローもいる。故障した列車は上り勾配を通過できない。しかし下り勾配なら走る。ならば、上下の列車がすれ違う駅で、乗客をそっくり入れ替えてしまえ。これ、大胆で、スカッとする場面でした。現場がいちばん頑張っていたんだ、というメッセージを込めたのかな、と感じました。

池田: それは実際、そうだと思うんですよ。鉄道しかなかった時代って、私も子どもの頃のおぼろげな記憶でしかないですけど、鉄道員の皆さんは必死でしたよね。簡単に運休とかしないし。何が何でも行くぞと。雪が降りそうだから運休とか、風が吹いたら列車を止めちゃうとか、そんなことはなかった。安全の認識よりも、誇りとプライドで列車を走らせていた時代。当時と現在と、どちらがいいとは言えないけれど、当時としては「走らないと暴動が起きちゃう」というような世相でしたからね。現場が頑張っていた。

諦めない乗客を、諦めない鉄道員が運んでいた

――あの頃、長距離移動は鉄道しかない。今みたいに鉄道が使えなければ飛行機、バスでもいいや、とはならなかったですね。高速道路だってできてない。飛行機は主要空港の便しかないし、高くて庶民には手が届かない。

池田: 列車がたくさん走っていて、それぞれにたくさん人が乗っていた。今の東南アジアみたいに。お客さんも必死で、「これに乗れなかったらどうしてくれる」という。「払い戻ししますから、他の乗りもので」なんてことはない。

それぞれの鉄道員は「列車は走らせなきゃいけないものなんだ」と思っていた。宗教で偶像を崇拝するように、鉄道に帰依して、信じて、働かないとやっていけなかった。それが誇りやプライドにつながってたんです。鉄道に人気があったわけじゃないんですよ。それしかない時代です、国鉄時代って。だから鉄道員は責任しかなかった。

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10月6日、リイド社にて池田氏(左)にインタビューした

――サービス精神とか、「もっと乗ってね」なんて言ってる場合じゃなくて、走らせる責任、送り届ける責任があって、それを全うしなくちゃいけない。それが鉄道員。今だったら、列車が停まっても、2000円も出せばカプセルホテルもある。24時間営業のファミレスもある。深夜バスだってある。だから、鉄道が無くても大丈夫、って諦めてしまいます。

池田: 諦めると命に関わる、とは言わないまでも、今日帰らなくちゃいけない人はたくさんいた。運休になると、駅から放り出されちゃう。赤ん坊を抱えたお母さんも「あたしどうすんの」という状況が生まれるんです。「そうさせるもんか」と。それが鉄道マンの心意気というか、職業観だったと思います。移動を諦められない人を、鉄道を諦めない人が運んでた。

カレチの場合は、列車無線で地上職と連絡が取れるとしても、無線だけでは役に立つかどうか分からない。とにかく列車に乗務している間は、現場で何とかしなくちゃいけない。何かおきたら、カレチが解決しなくちゃいけない。

――船長みたいですね。

「与えられた仕事を好きになれ」

池田: 荻野カレチは若いんですけど、本当のカレチはもっとどっしりした、普通は「この人なら大丈夫だろう」という風体の人が多かったですね。漫画って、絵で見せなくちゃいけないので、車内でトラブルを抱えた人がいて、それをどう解決するかってのが基本なんです。でも、100%の解決は現実でもあり得ない。大人向けの漫画なので、「一応解決はしましたけど、これはどうなんだ」という終わり方が多いですね。

――乗り継ぐお客さまのために、うそをついて支線の接続列車を待たせて、だけど、接続を待つ支線側の鉄道職員にも、定時運行させるというプライドがあるわけで、という話がありますね。責任というか、誇りとプライドのぶつかり合いというか。荻野が怒られちゃう。自分のお客さんだけを大切にすると、他のお客さんに迷惑が掛かってしまう。その悩み、いまのビジネスマンにも通じますね。

池田: このエピソードは実話を基にしているんですけど、実際は遅らせても1分くらいで、はいはい分かったよ、で済んでるんです(笑)。そこを膨らませて、それぞれの当事者はどう考えているのか、そこに解決はあるのか、という話にしました。

――社会経験のある人だったら、かなり共感するというか、考えさせられる話ですよね。当時の鉄道員の結婚観も興味深かった。荻野カレチが女性の好意に鈍感で、お弁当を作ってくれてもピンと来ない。しびれを切らした上司が世話を焼く。あんなことって、いまはないんでしょうか。まあ、あったら僕も結婚していそうな気がしますが(笑)。

池田: 仕事にしても結婚にしても、やっぱり「主流」ってものはあっていいと思うんですよ。主流ってものを理解した上で、でも違う生き方をしたいというならいいと思うんだけど、今はないじゃない。人それぞれ、どうぞご自由に。それって実はやりづらいんじゃないかな。個性を伸ばしなさい、夢を持ちなさいっていうけれど、「いいから勉強しろ!」ってまず言われた方が幸せになれたかもしれない。その時に、それは違うんじゃないかって試行錯誤してきたっていうかね。僕らはそういう経験をしているじゃないですか。主流なしで、個性とかいわれても、何が個性だっていう。

――先生の仕事観、人生観が作品に表れますね。

池田: ニレチ(荷物列車の車掌)を目指していた村上君の話で、上司の「与えられた仕事を好きになれ」っていうせりふがあるんです。そこに共感してくださった読者さんは多いですね。あのせりふにはいろんな意味が含まれていて、本当にそう思っちゃったらまずいですよ。特にあの場面では、上司が「与えられた仕事を好きになれ」って言って、部下が「はいそうですか」でしょう。そういう人間はまずい(笑)。

自分が悩み悩んでその境地に到達した人には力になる言葉だと思う。自分で夢を追ってつかんだ仕事でも、与えられた仕事でも、楽しい部分は1割か2割。その意味では大差ないんです。荻野は鉄道が好きで、夢をかなえていった人ですよね。でも、つらいことの方が多いですよね。その意味で、与えられた仕事を好きになるってことは幸せに生きることだよ、大切だよ、とは言えるんです。これがカレチのテーマかなあ。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』誕生秘話

――時代は変わりまして、今回、第1巻が発売となる『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』のお話を聞かせてください。これ、「ちょんまげ雑誌」というとリイド社さんに叱られそうですけど、江戸時代の話が満載の『コミック乱ツインズ』の連載です。この中で、明治時代の鉄道の話は異色の存在。先生のファンの方は先生の公式サイトやTwitterで知ってくださったと思いますが、一般の鉄道ファンからすると盲点のような雑誌で(笑)。逆に江戸時代ファンの方が『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』を読んで、鉄道の世界に開眼される方も多いと思いました。

池田: そういう意味では目立ちますよね(笑)。

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『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(C)池田邦彦/リイド社

――この時代を選ばれた理由は何でしょうか。『カレチ』、そして都電の話『でんしゃ通り1丁目』と、昭和の時代がお得意のように思いました。あえて明治時代、鉄道の黎明(れいめい)期を選ばれた。

池田: お話をいただいた編集者さんから、「実は時代劇の雑誌なんです」と(笑)。そうですか時代劇ですか。で、最初は戦国時代という話もあったんです。

――何となく編集者さんの気持ち、分かります。制約の多い役職の中で、人情味を発揮して問題解決していく、戦国時代には、荻野カレチみたいな武将がいたかもしれない。

池田: 戦国は無理です。でも、江戸時代なら平賀源内のからくりの話とか、江戸時代に陸蒸気の模型がやってきてからの話とか、それならと。佐賀藩の人たちが初の国産蒸気機関車を作った話なんて面白そうで、「江戸のモデラー」っていうタイトルを考えたりして。でも考えがまとまらないうちに、鉄道で明治でどうですか、というお話をいただいて。だったらできるかも、と思って、明治5年の鉄道開業の頃の話を描いたんです。でも、これでもピンと来なくて「もっと自由にやってください」と言われて、そこから明治30年代の『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』につながる構想が始まった。

そうすると、明治の鉄道開業の頃の錦絵の鉄道と、現代につながるような、カレチの鉄道の世界観は違うわけですよね。歴史の教科書に出てくるような、カラフルなヤツ。その絵の世界と、現代の鉄道はどこで変わったんだろう、と考えた。それで、調べるほど分かってきたことは、初期の明治の鉄道は軽便鉄道みたいな簡素なもので、日本人がお抱え外国人に使われていて……。

――ああ、日本の鉄道だけど、日本人の話ではなくなってしまう。

池田: 日本人が鉄道を自分のものにした、それはこの時代らしい、と思った時点が、明治の終わりから大正にかけて。日本の鉄道でいろんなことが変わっていったらしいなと。

――輸入鉄道時代から国産技術時代に変わってくる。日本独自のことをやり始めるころ。

池田: そして、鉄道の国有化時代の始まりでもある。実は、『カレチ』と『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』で、国鉄という1つの時代の始まりと終わりを描いているんです。国鉄っていうと、戦前の国鉄と戦後の国鉄は組織や形態が違うって言う人も多いと思うけれど、鉄道の国有化っていう時代が国鉄の始まりだったなと。

そうすると当時の組織であるとか、車両が国産化してきたとか、狭軌だ広軌だっていう話もこのころありましたけど、狭軌で極限を目指すんだ、という方針が固まったのもこの時代なんですね。それでこの時代を選びました。

――この時代に魅力的な男がいましたね。主人公の島安次郎。国産蒸気機関車の開発に関わり、改軌論を唱えた人。息子さんが東海道新幹線の開発に関わった島秀雄。新幹線の父の父、ですね。

池田: この時代は官僚制度が固まってきた。そこで、官僚側の主人公として島安次郎を立てました。これは実在の人物。そして、カレチでも重視してきた「現場」の立場を代弁する人として機関士の雨宮。彼は架空の人物です。この2人がぶつかり合いながら、日本の新しい鉄道を作っていく、という話です。

――雨宮、カッコいいですよねぇ。さて、この2人の仕事観についてもお伺いします。

(続く)

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。

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