日本の「無子高齢化」は、政府が非常事態宣言を出すべき深刻度

日本の「無子高齢化」は、政府が非常事態宣言を出すべき深刻度

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2017/08/13
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2020年、日本人女性の半数が50歳以上に。2035年、男性の3人に1人、女性の5人に1人が生涯未婚に――少子高齢化が止まらない日本の未来に、いったいどんな事態が待つのかを年代順に描き、16万部を突破した『未来の年表』。その著者で人口政策の専門家・河合雅司氏が、このたびの第3次内閣改造に際して、少子化への無策ぶりを嘆く。

「家族の歴史」が途切れる

お盆休みの時期、親族が集まってお墓参りをする人も少なくないだろう。新幹線の混雑や高速道路の大渋滞もまた、〝夏の風物詩〟といったところだろうか。

だが、こうした光景もいつまで続くか分からない。少子高齢化の影響で、最近では親族が極端に少ないというケースも増えてきた。親族の中に子供がひとりもおらず、「一番若い人でも40代半ば」などといった例も珍しくなくなった。

言うまでもなく、自分がこの世に存在するのは、先祖がいたからである。代々引き継がれてきたそんな多くの「家族の歴史」がいま、途切れようとしているのだ――。

少子化をめぐる状況は極めて厳しい。2016年の年間出生数は100万人の大台を割り込み、97万6979人にとどまった(厚生労働省の人口動態統計月報年計による)。

100万人割れしたことだけでもショックだが、むしろもっと懸念すべきは、今後も出生数に歯止めがかかりそうにないことだ。これまでの少子化によって、出産可能な年齢の女性が、今後大きく減ることが確定的だからである。25~39歳の女性人口は2065年には現在の半分ほどになる。これでは多少、合計特殊出生率が回復したとしても、とても出生数増にはつながらない。

国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、年間出生数は2065年に55万7000人、2115年に31万8000人にまで落ち込む。もはや、「跡継ぎのいなかった『○○家』が絶えた」といったレベルの話ではないことが分かるだろう。

すでに空き家や所有者不明土地の増大が社会問題化しているが、このままならば、やがて日本列島のいたるところに無縁墓が広がる。

日本の少子化がいかに厳しいかは数字が物語る。先に、昨年の年間出生数が90万人台になったことをご紹介したが、課題はそれだけではない。婚姻件数は戦後最少を記録し、30代以下の母親の出生数が軒並み前年を下回ったのだ。際立っているのが第1子で、1万8000人減となった。

母親の年齢別に見てみると、20代後半から30代で1万6000人近くも減っている。ただでさえ子供を産める年齢にある女性が少なくなっているのに、子供を持とうと考える人が少なくなったのでは、いよいよ出生数の減少が加速してしまう。

要するに、日本は「無子高齢国家」に突き進もうとしている。政府が非常事態宣言をしてもおかしくない危機なのである。

子供が生まれてこない社会には未来はない。その影響は、われわれの暮らしのあらゆる分野に及ぶ。具体的にどのような影響が生じるのかについては拙著『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』に詳しいので、是非そちらをお読み頂きたい。

「置くには置いた」という印象

少子化対策は一刻の猶予も許されない。ところが、安倍晋三政権からは相も変わらず、危機感が伝わってこない。その象徴的なシーンが、8月3日の内閣改造後の記者会見であった。

支持率が低下し、政権としての巻き返しを図る重要な局面で、しかも、年間出生数の100万人割れが明確になった直後の会見だった。にもかかわらず、安倍首相からは最後まで、少子化に対する言及が全くなかったのである。

出産可能な年齢の女性が減っていくことに歯止めを掛けるわけにはいかない。よって、われわれは当分の間、出生数の下落を「現実」として受け入れざるを得ない。しかしだからといって、少しでも現状を改善しようとしなかったならば、取り得る選択肢はますます少なくなる。

政府が当面すべきことは、出生数が減る勢いを少しでも抑えることである。

少子化が難しいのは、対策が後手に回れば確実に将来の社会の支え手不足に直結する点だ。子供たちが社会に出るまでには20年近い年月を要する。いま対策を講じなければ、その影響は後の世代に間違いなく現れる。そうした意味においては、ただちに着手すべき「喫緊の課題」なのである。

求められるのは、地道な政策の積み重ねだ。取り組みを成功させるには、トップリーダーの強い意志を国民に示すことが不可欠である。それだけに、今回の内閣改造にあたっては、安倍首相の姿勢が大きく問われていた。極めて残念である。

もちろん、今回の内閣改造で少子化対策担当相のポストを廃止したわけではない。だが、それは「置くには置いた」といった印象をぬぐえない。松山政司一億総活躍担当相が兼務することになったのだが、松山氏は情報通信技術(IT)やクールジャパン戦略、科学技術など数多くの政策を担っており、どう見ても、少子化対策に本腰を入れる時間的な余裕があるとは思えない。

政府の世論調査によれば、結婚や出産を希望している人は男女とも9割近くにのぼる。一方で、希望しながらも叶わないでいる。その原因・理由は、雇用の不安定さや出会いの少なさ、保育所不足などさまざまだ。政府としては、その1つ1つにきめ細かく対応していくしかないだろう。

そこで大きな課題となるのが、財源の確保である。

財源不足が〝言い訳〟になってはならない

ところが、この点においても安倍政権の姿勢を見ると、首をかしげざるを得ない。歴代政権も同じではあったが、財源不足を理由に、おざなりの対策でお茶を濁し続けているのだ。

政府や与党は「新規財源がなければ、予算のつけようもない」と公言してはばからない。消費税増税に逃げ込み、「増税が先送りされたから、やりようがない」と決め込んでいる。財源不足を免罪符として開き直っている印象すら受ける。

少子化とは、国家を根底から揺るがす「静かなる有事」である。財源不足を〝言い訳〟として後回しにされることがあってはならない。

逼迫した国家財政を考えれば、青天井に投入せよとは言わない。ただ、国の意志として真っ先に国家予算を確保し、少子化対策に取り組むのが政治を担う者の責務であろう。財源が足りないなら、他の事業を廃止、縮小してでも税財源を獲得すべきだ。

税財源の確保を諦めたのだろうか。「教育国債」や「こども保険」といった安易な財源策に逃げようという姿勢も見られる。こうした手法は、財源を見つけようともせず、何もしないでいるよりはマシかもしれないが、「新規財源を獲得できたら行う」という思考から脱するものではない。

少子化をめぐる状況の深刻さを考えれば、一般財源で思い切った予算確保をしないかぎり、政府の本気度は国民に伝わらないだろう。いつまで、このような姿勢をとり続けているつもりなのだろうか?

政府は「国民希望出生率1.8」の実現を掲げているが、安心して産み、育てられる社会を取り戻さなければ、出生数の回復など望めるはずもない。政権が悲壮な覚悟をもって取り組んでこそ、「少子化に歯止めをかけなければ!」という社会の気運も芽生えるというものだ。

対応が年々遅れている間にも、少子化は確実に進行してゆく。この危機を私が「静かなる」と形容した一つの理由が、この点にある。

今ほど、政治家たちの姿勢と力量が問われているときはない。

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