近代建築の父コルビュジエを嫉妬させた、女性建築家アイリーン・グレイの才能

近代建築の父コルビュジエを嫉妬させた、女性建築家アイリーン・グレイの才能

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  • 更新日:2017/10/20
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映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』より(C)2014 EG Film Productions / Saga Film(C)Julian Lennon 2014. All rights reserved.

「神と言われる人でも、ある面では非常に人間的なのだと思います」

アイリーン・グレイ研究者である、アイルランド国立博物館キュレーターのジェニファー・ゴフ氏はいう。私たちはその時々に、様々な感情を表に出し、それを他者とぶつけ合って生きている。ぶつければ痛いのだが、感情を抑えることは難しいし、それによって新たなものが生まれることもある。しかし、中には悲しみや喜びは内に秘め、その発露となるのは作品のみというクリエイターがいる。1920~30年代に活躍したインテリアデザイナーで建築家のアイリーン・グレイもそんな一人なのではないか。

映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』公開のタイミングで来日したジェニファー・ゴフ氏に、“人”としてのアイリーン・グレイ、彼女の恋人であった建築家で建築評論家のジャン・バドヴィッチ、そして近代建築の父ル・コルビュジエについて聞いた。

ゴフ氏とアイリーン・グレイの出会い

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ジェニファー・ゴフ氏(撮影:関口裕子)

――「アジャスタブル・テーブルE.1027」や「ビバンダム」など、モダニズムの家具として見知っていても、アイリーン・グレイさんのことは映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』を見るまで存じ上げませんでした。

ジェニファー・ゴフ(以下ゴフ):残念ながらアイリーン・グレイは、ル・コルビュジエのようにメディアで紹介されたり、展覧会が開かれたりすることがあまりありませんでしたから。特にアイルランドでは1970、80年代まで女性の建築家がフィーチャーされることは珍しかったのです。男性とともに活躍はしていても、前面に出ることがなかったというか。私とアイリーン・グレイの出会いは、90年の夏。私が学んでいたユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの先生が、彼女のことを教えてくれました。それからはピーター・アダムの伝記『アイリーン・グレイ―建築家・デザイナー』や、オークションの「クリスティーズ」でグレイの作品をよく扱っていたフィリップ・バーナーの本を読み、グレイのコレクションを探し歩き、92年の夏に英国・ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で彼女の作品を見つけ、そこに何時間も座り込んで以来、ずっとハマっています。

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E.1027アジャスタブルテーブル(C)2015 MOJO ENTERTAINMENT LLC

――本作はどの程度、史実に基づいて描かれているのでしょう?

ゴフ:映画ですので、ある程度、誇張した演出やフィクションもあります。でもメアリー・マクガキアン監督は、アイルランドの国立博物館にある彼女の個人的な手紙まで読み込んで本作の脚本を書いています。かなり正確に捉え、いい感じで実現できたんじゃないかと思います。グレイはかなりきつい冗談をいう……険悪なユーモアを好む人だったようです。また完璧主義なあまり一緒にいるのがちょっと難しい人でもあったようで、その部分は映画でも描かれていますが、きついユーモアのほうはあまり描写されていないですね。でも、マクガキアン監督は実際にグレイに会った方に話を聞いたり、あまり残っていませんが彼女の書いたものを丹念に探して、彼女の本質に迫ろうとした感じはよく出ていると思います。

よくあるアーティスト×アーティストの関係と珍しい批評家×アーティストの関係

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モンテカルロ(C)2015 MOJO ENTERTAINMENT LLC

――本作は、ル・コルビュジエ(ヴァンサン・ペレーズ)とグレイ(オーラ・ブラディ)、ジャン・バドヴィッチ(フランシスコ・シャンナ)とグレイの2組の話を核とし、物語を進めていきます。一方は、アーティスト同士、一方は評論家とアーティストという関係。アーティスト同士の物語はよくありますが、評論家とアーティストという関係には新しさを感じました。ゴフさんはアーティストにとっての批評家、研究者を、どんな存在としてとらえていらっしゃいますか?

ゴフ:批評家とアーティストは、二項対立的な関係だと思います。批評家はアーティストが感じているインスピレーションを感じ取って、それを助ける、あるいは助長する、あるいは刺激する役目を果たしていると思います。しかし、アーティストによっては全く批評家と関わりたくない人もいます。でもグレイは前者。批評と真摯に向き合った人でした。E.1027にモンテカルロ・ソファの置かれた居間がありますが、フランスの批評家はそれを「カリガリ博士の部屋みたいで大嫌いだ」と書き、オランダの批評家は「新造形主義のデ・ステイルを踏襲しており、大好きだ」と褒めています。グレイは、それらの批評記事をすべてキープしていました。彼女は批評を真摯に受け止め、より良くなるように努力をした人だと思います。そういう意味でのバドヴィッチとの関係は良好だったと思います。建築家としてのバドヴィッチは、グレイを上回る作品を残せませんでしたが、批評家としては彼女より優れていたと思います。

――バドヴィッチが監修していた建築雑誌『ラルシテクチュール・ヴィヴァント(生きている建築)』を二人で編集するシーンは、夢のように魅力的に描かれていますね。

ゴフ 映画の中で語られるE.1027についての言葉は、『ラルシテクチュール~』の1929年冬号から取られています。この号は一冊丸々E.1027の特集となっています。この雑誌は10年間発行されましたが、一軒の家だけを特集したのはこの号だけでした。この号の冒頭には二人の会話が掲載されています。そこには彼女のデザインや建築に対する考えがいろいろ綴られています。彼女は「反マニフェスト主義」だと言っていますが、これはコルビュジエの逆。コルビュジエは「現代建築の5原則」然り、マニフェストしていますよね。一方、彼女は呪われるからマニフェストは嫌だと言っています。実際、この号に掲載された「E.1027は、これからいろいろなものが作られるモデルである」という彼女の言葉はその後のグレイについてまわります。ル・コルビュジエはその言葉を文字通りに受け取り、E.1027の壁に画を描くわけです。

グレイの揺るがない自身の源になったものとは?

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映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』より(C)2014 EG Film Productions / Saga Film(C)Julian Lennon 2014. All rights reserved.

――グレイの才能は、コルビュジエを嫉妬させ、バドヴィッチを諦観させるわけですが、彼女はなにを根拠に揺らがない自信を持つことが出来たのでしょう?

ゴフ:皮肉ですが、彼女の強さは自信がなかったからこそのものだと思います。多分、自分が作ったどの作品にも満足していなかったでしょう。でもよい作品を作りたいという情熱はあり、自分が満足するものを目指し、次々に手掛けていったんだと思います。E.1027は、初めて彼女自身で完成させた独立した作品。彼女の中では、恋人のための家以上の存在だったと思います。どの家具も、住む人のスタイルやディテールにものすごく気をかけて作った。多分、自分の子どものように思っていたのではないでしょうか。でも周囲はそれを理解しなかった。所有者であるバドヴィッチは、彼女の家(=子ども)を守るべきだったのに、コルビュジエに壁画を描かせてしまう。そしてグレイは、テンペ・ア・パイアを作り、最後は終の棲家ルゥ・ペルーを作ります。彼女は死ぬまでプロジェクトに関わって仕事をしました。彼女は自分が満足できないからこそ、最後まで努力し続けたんだと思います。

晩年、グレイはこれまで自分がやってきたことの出発点に戻ります。1971、72年は漆の作品を作ります。実際には監修という形での制作ですが、それらを見ると彼女が一生をかけて一つの円を完結させたことが分かります。

グレイの大切にしたもの 明らかになったE.1027という作品名の意味

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映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』より(C)2014 EG Film Productions / Saga Film(C)Julian Lennon 2014. All rights reserved.

――コルビュジエやバドヴィッチが、建築という男性主体のコミュニティの、グレイの知らない内輪話をしていても、彼女はそこに入っていくことなく、むしろ少し離れて自ら構築した美しい世界にこもってしまう。それが彼らにはかえって妬ましく感じられたのかもしれませんね。

ゴフ:監督のメアリー・マクガキアンは、建築家の面より、内面に迫りたかったんだと思います。彼らが何を感じていたのか、それぞれが自分の仕事に対してどんなふうに情熱を持っていたのか。そしてアイリーンのいう、フォルムの美しさではなく、そこにどんな人が住むのかが問題なのだということを監督は描きたかったんだと思います。それはル・コルビュジエを否定することではありません。むしろ大ファンの方にこそ、この映画を見てもらえればと思います。彼にも欠点があること、そして嫉妬なのかどうか分かりませんが、なにかに駆り立てられてより良い作品を作ろうとするところも描かれています。

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映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』より(C)2014 EG Film Productions / Saga Film(C)Julian Lennon 2014. All rights reserved.

――E.1027とは、アイリーンのイニシャルのE、10はジャンのJ(=アルファベットの10番目)を意味し、2はB、7はGと、グレイとバドヴィッチのイニシャルを組み合わせた名前なんですね。

ゴフ:最近の調査で、グレイが『ラルシテクチュール・ヴィヴァント』のすべての号の編集に関わっていたことが分かってきました。グレイの研究において、バドヴィッチの作ったこの雑誌は意義深いのです。2019年にはニューヨークでの展覧会と、何人かのライターと共著を出す予定です。本には、E.1027や、『ラルシテクチュール~』から読み取るバドヴィッチとアイリーンについての新しい研究結果が書かれる予定です。

(取材・文・撮影:関口裕子)

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映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』より(C)2014 EG Film Productions / Saga Film(C)Julian Lennon 2014. All rights reserved.

『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』10月14日、Bunkamuraルシネマにて公開

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