「日本のために働く人間に子供たちを育てる」ミャンマーには帰れないロヒンギャの難民たちのリアル

「日本のために働く人間に子供たちを育てる」ミャンマーには帰れないロヒンギャの難民たちのリアル

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2016/10/19
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ロヒンギャの国での苦難を訴えるアウンティンさん

’15年は6530万人もの難民が命の危険を訴え、世界をさまよった。日本でも7586人が難民申請をしたものの、日本政府が難民として認定したのはたったの27人。「難民に対して門戸が狭い」と海外から批判を受けても仕方がないだろう。

そんな日本にも一所懸命に日本文化を受容し、日本社会に溶け込もうとする難民たちがいる。毎年夏の殺人的な熱波で知られる群馬県館林市には、ミャンマーを逃れた「ロヒンギャ」の人々が260人程度集住している。同市で毎年秋に催される「国際交流まつり」に彼らも出展すると聞き、記者は現地に向かった。

’92年に来日したアウンティンさん(49歳)は、現在は日本への帰化が認められ、在日ビルマロヒンギャ協会の副会長を務めている。この日は奇しくも、ロヒンギャが神に祈りを捧げるモスクと学校が燃やされたというニュースがミャンマーから届いたばかりであり、彼の口調は憤りを含んでいた。

「ミャンマーの軍人は、定年を迎えると土地をもらえますが、それはロヒンギャから奪って元軍人に与えているんです。お店もそうです。いい商売をやっていると目をつけられて、『今後は政府のものにするから出ていきなさい、さもないと殺す』と脅されます」

英領ビルマが独立した’48年以来、ロヒンギャは平和に暮らしていたが、’62年にネ・ウィン将軍がクーデターで政権を握ると一気に暗転。国籍を示すIDカードを組織的に没収され、非国民扱いされるようになったという。

「かつて私はこうした状況を書いて難民認定を申請しましたが、当時はその実態が国際的にも知られておらず、日本の法務省に嘘つき扱いされました。でも今では理解してもらえるようになり、多くのロヒンギャが難民認定されています。私たちはミャンマーに帰れませんから、生まれた子供たちが日本のために働く人間に育つよう、たくさんのことを教えています」

⇒【写真】はコチラ(国際交流まつりの様子)http://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1219601

法務省は、ミャンマー語とロヒンギャ語を子供に教えるよう非公式ながらアウンティンさんに耳打ちしているという。そうして成長した青年ロヒンギャは、日本とミャンマーにとって大きな架け橋になるという判断なのだろう。

※現在発売中の『週刊SPA!』10/18発売号では、「徹底ルポ[ニッポンの難民]を考える」という特集を掲載中。<取材・文/週刊SPA!編集部 撮影/遠藤修哉(本誌)>

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